2009年12月30日

お別れ

こんにちは。みねまいこです。お元気でしたか?私は、全世界に無作為に愛を配りたい気持。なぜならば、一番仲良しの80歳を超えた女性が、先週急死してしまったから。なんてことになったんだろう。昨日まで元気で、今朝とつぜんに死ぬなんて。すぐに東北に飛んで、葬式をやって、でも骨をひきとる人がおらず、私が箱に入れて福岡のマンションに持って帰った。毎日骨に話しかけて泣いていたら、鳥が鳴いた。だから外に出て、仕事をして、お金を稼ぎ、消費して、浪費して、着飾り、冬の中で、社会生活を営むことにした。

12月19日は学会で、東京の青山学院大に。その前の2週間はあまり寝ておらず、ずっと準備に追われた。本番の1日前に東京に入ることにしたのは、原宿の行きつけの美容院に行きたくなったからだった。また偶然、18日に所属事務所の制作した映画のプレミア試写会があって、社長から招待を受けていた。しかし私がその日宿泊するホテルでごたごたしてしまい、社長がいろいろ別のホテルを手配してくれて、さんざん世話してくれたにもかかわらず、結局自分が気に入ったホテルを自分で勝手に見つけて行くし、プレミアも欠席という、勝手なことばかりしくさって、それでも夜には、社長は海外ロケのジャスミン茶の葉っぱを持って、ホテルに会いに来て下さった。素敵な事務所でよかった。

当日は、疲労困憊でよく覚えていないのだが、日本全国からトップレスの、まちがったトップクラスの研究者が集まっていて、めんくらってばかり。発表の内容は、「黒人の名前」について。音楽でも、ラッパーとか、不思議な名前が多いと思いませんか?「モスデフ(一番、耳が聞こえない)」「アイスキューブ(角氷)とか「Jay-Z」などアルファベットがちょこんとついていたり、他にもいろいろね。彼らの名前の習慣やセンスやを奴隷制度までさかのぼって、分析した。報告の後で質疑応答があったのだが、うまく答えられないことがあり(笑)。そうしたら後で、会場に駆けつけてくださったファンの方が、「あのですね、みねさんはこういうことが言いたかったんじゃないでしょうか?」とメモをだだだっと見せてくださって、私は「なるほどー。たしかにこういうことが言いたかった気がしますー。」なんて、ファンの方に全面的に助けていただきました(笑)。ありがとうございました(そんなことでいいのか?いいのだ)!

その夜は、緊張から解放されて、多くの有名人の研究者に直撃インタビューをして、お話してもらって、ワインを飲んできゃあきゃあ言っていたのだけど、ホテルに帰っても眠れない。テレビもつまらない。コンビニエンスストアで漢字学者の白川静の関連の本を見つけて買ってぱらぱら読みしても、遠い気持。

そして朝、連絡があって、彼女が死んだという。急死だ。窒息死だ。事故で、喉がつまったって。彼女の部屋を整理していると彼女の引き出しの中から出さないまま忘れちゃったらしい手紙がみつかった。「みねさん。冬の衣類をたくさん送ってくださってありがとう。とくに長い靴下は助かります。(省略)わたしはここは好きではありません。(省略)」そんな手紙だった。そうなのだ、彼女の痴呆が進んだので、この10月に、私が血も涙もなく、彼女を有料老人ホームに入れたのだった。私には2010年に福岡でやらねばならないことがあったから、すぐには一緒に暮らせないと思っていた。今でもその気持は変わらないけど、はっきりしていることは、私の心は孤児になった。とりかえしがつかないことをしてしまった。

彼女とのこれまでの記録は、こちら。
http://minemaiko.sblo.jp/article/33258341.html
http://minemaiko.sblo.jp/article/18462529.html
http://minemaiko.sblo.jp/article/10697775.html

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2009年12月26日

リズム復活

諸事情によって更新がしばらくとまっていますが、リズムを復活させて、2009年12月30日より、毎週水曜日に行います。お楽しみに。
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2009年12月03日

お知らせ12/6 JIYU-KENKYU(世界激場プレ勉強会)

次回のJIYU-KENKYUは、参加者全員分をひっくるめた個人史と
なおかつ、世界史と日本史を混ぜた壮大な年表を作ります。
なんのこっちゃと思われる方は、こちらです!
http://sekaigekijou.jugem.jp/
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2009年11月19日

みんな元気

こんにちは。イタリアのRAIのradio1、番組編集局からメールがきて、11/27-29の期間に、どこどこに音源持って来れる?と書いてあった(と、思う。むかしラテン語をやった経験がぜんぜん生きず、ほとんど勘で読む)。みんな元気だな。私は困る。日本で全身で取り組まなきゃならない仕事がある。というわけで、ファンの方からメールをいただいているんだけど、返信しないよ、ごめんね、でもちゃんと全部拝読してます。ありがとう!

そんで、元気なのはイタリアの音楽関係者数人だけでなく、アイルランドから来たSnigelだ。彼は高校時代の親友だ。私+男3人でつるんでいた頃があり、私が「なんか私、 Aくんが好き!」だなんて脈絡もなく言い出して、一方でBくんが私のことが好きらしい。それでSnigelが「困ったね。どうするよ、おめー」と、相談に乗ってくれていた過去がある。フットワーク軽やかに、すみやかにAくん、Bくん、そして私の間をとりもち、まるで国連のコフィー・アナンのような力量をみせ、Snigelのおかげで4人仲良く過ごしていた、という恩がある。

この交渉の力量みたいなものに、ヨーロッパで音楽活動するときに助けられてきたわけで、今年はSnigel不在で、なにもうまくいかなかったんだよね。お前、何しにいったんだ、みたいな。何回か失敗するだろうけど、Snigelのようなちょっと特殊な力量のある人と、もうちょっと大きな舞台でいっしょに仕事ができるようになるために、雨の日も風の日も努力するしかないでしょう。

質問。最近、私の周りには優秀な敵がいっぱいで(程度の低い敵は無視します)、ずいぶんたたかれたりもするんだけど、それによって、がぜんやる気が出るのはなぜでしょう。答。それは私が元気だからです。
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2009年11月12日

胡美芳(こびほう)さん

彼女の訃報が朝日新聞につい昨日出ていた。彼女の歌を聞いたのは1991年か、1992年頃だと思う。私が10代の頃オルガンを弾いていた大分の教会のクリスマスチャリティーコンサートに来てくれたのだった。牧師が「このコ、まいこちゃんです。」と紹介してくれて、「私も...将来、歌手になりたいんです!」とかなんとか叫んで、握手してもらったんだよね。

教会コンサートの出演者というのは、「上が白い清潔感のあるシャツで、下がたいてい黒」というドレスコードが暗黙のうちにあり、それに従うか、もしくは貞淑さを自己確認しているような地味なワンピースとか、たいていファッションがクソみたいにつまんないんで、のっけからげんなりするものなのだけど、彼女だけは違ったので強烈に覚えている。ひとことでいえば、「場違い」。ふたことでいえば、「気合い、十分」。

体の線がはっきりでるスパンコールのチャイナドレス、スリットが入っていて、「ここってどこ?」と思うような羽のうちわを優雅にあおぎながら、スポットライトを浴びて登場。そして歌ってくれたのね。田舎のキリスト教会のクリスマスにもかかわらず、上海の波止場の風景が見える気がした。化粧もはっきり色が出ていてね。すごくいいなあ、と。なんと衣装替えもあって、アンコール。賛美歌も歌ってくれて、なんとまあ華やか。すばらしかったんだ。

小さいことにこだわっていたら、ダメだ。自分まで小さくなる。胡美芳さんなんて、日本と中国とがせめぎあう場所に立って、ひとりで歌って頑張ってこられたんだものね。前の戦争で家族と離ればなれになっても。ラジオの電波は海をこえるから、中国の家族に、自分の歌声で安否を知らせていたんだものね。

最近、カッとなると喉まで出かかって、でも言うのをやめるセリフがある。「細かいことを気にしていたら、てめー。キン玉小さくなるゾ!」と。胡美芳さんが男だったら絶対にキン玉大きかったはず。私だってきっと大きいはず。今、全員がひいちゃうようなことを平気で言っているとは思うけど(なおかつ訃報の記事を受けて考えるにふさわしくないけれども)、思想=キン玉は大きい方がよい。もう、わけがわからないけども。

ばいばい。胡美芳さん。「歌と自由」と「きらきらした気持ち」をいっぱいどうもありがとう!
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2009年11月04日

ミノタウロス語族

ハロウィンがあって、友人のyuriさんらとキャナルシティという博多のショッピングモールの噴水前に集まる。今年の私は、ミノタウロス(顔が牛で、体が筋肉ムキムキの男、という怪物)になることにした。ミノタウロスは、ピカソの絵にもよく出てくる。「お母さんが王妃で、お父さんが牛という、強烈な出生の持ち主。好きな食べ物は人肉。迷宮(ラビュリントス=ラビリンス)に閉じ込められていて、アテナイの正義面したヒーローに退治されてしまった...らしい。」※以上、カギ括弧は百科事典『マイペディア』を参照した上で、自由気ままな解釈を付け加えています。

私はその出生の悲しみと怒りを、全身で表現してみたのだった。隣はバニーガール、猫。そしてジェイソン君。ミノタウロスに、血染めのTシャツを、真っ赤なシャネルのマニュキュア(No.159 FIRE)で製作したけど、結局のところ、顔が牛なんだか?馬なんだか、ただのよくわからない生き物になってしまった(笑)。
20091031200016.jpg(撮影:yuriさん)

二次会は、先日行ったチェコの人形(化け猫)を使って皆さんの前で出し物を。というわけで、そんじょそこらのハロウィン騒ぎと一緒にしてもらっちゃ困るんだよね。
20091031203240.jpg(撮影:yuriさん)

今回ミノタウロスになってみてわかったことは、人間って、いい(相田みつをみたいですが)。お風呂にも入れるし、白いシーツのついたお布団もあるし、加熱した料理、洋服も美しい、いちばんすごいのは、人間って笑ったりできるんだ!(by ミノタウロス)顔が牛だと、初めて気がついたけど、にっこり笑えないんだよ。表情にまったく乏しくって。これがミノタウロスのいちばんの不幸ではないかと思う。意志が伝わらない(伝えない)というのは、いっさいの人間関係が途切れるということで、とても切ないことだ。ああ、納得。だからミノタウロスは暴れたんだよね。

人生の必要に迫られて、生まれて初めて語学学校に通い始めることにした。これまで私は家で独り言を英語で言って、英会話を習得してきたが(暗いヤツ)、そのやり方では限界がついに来たのだった。入学テストが思いのほかとても良い成績だったので、最高難易度の「同時通訳クラス」に入ることになった。ヘッドフォンをつけて日→英、英→日に片っ端から訳していく。ひとつ前の話を別の言語に変換し声に出しながら、一方で現在耳から入ってくる新しい話をメモして記憶して次の準備をする。とまあ、脳の回路がみごとに分裂した作業だ。

しかし外国語なんて、人間と牛という異なる種をひとつの体でひきうけたミノタウロスと同じようなもんだ。言語/国境/文化/ありとあらゆる分裂をひきうけて、怪物のように生き続けるしかない。外国語だけじゃない。2つ3つの矛盾や分裂は私の専売特許ではなかったか?これを私はミノタウロス語族と呼ぼう。なんか、かっこいいぞ。止めてくれるな、おっかさん。おっとさん(父親は牛だけど)。突き進むべし。

ところで、最大級のミノタウロスが日本に1人残っていることを私は知っている。彼こそが真の怪物だ。疑いようもなく今世紀最大だし、その思想は化け物だ。怪物だ。50、60の年齢の差は関係ない(怪物だから)。さあ!ミノタウロス氏に会って結婚したいわ!と、みねまいこミノタウロスは考えるのであった。どうせ生きるなら、ダビデのように、ソロモンのように、ミノタウロスのように。言っていることの意味は不明だとしても、私は平気。何だってかまわない。きゃ(最後だけは可愛く)。

只今、私の最初の本(共著)は校正中です。出版日が決まったら、お伝えします。
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2009年10月29日

電気の流れ

寒くなって、すこーしさみしい。しかし、近所の気ままな野良猫たちは元気だし、フィリッピン人の美女が短い蛍光色の服を着て、キンコースの「喪中はがき受付中!」と書かれたポスターの前で、あんにゅい〜に黄昏れていたから、私の感傷は吹き飛ぶのだった。

アルバムを製作し始めて、数年が過ぎた。その間に、演奏者がどんどん入れ変わった。あと残り4曲なのだけど、その4曲が録音できずにいる。そして、今月もまた、トキメキの新しい出会いと別れがあるのだった。それでいいのだ。

ぜんぜん平気。バンドの入れ替わり立ち替わりはおろか、結婚と離婚を、3回ずつくらいやっても、私はきっとへちゃらだ。体力と気力をつけておかねば.....(ぶつぶつぶつ)。

そんなことより、一番大事なのは、時間だ。時間がもったいない。死んだらどうもこうもしようがないから、時間は大事につかわないといけない。土地の所有よりも、お金より、一等大事なのは時間だね。そんなことを、知り合いの老婦人の介護(そこまでたいそうなものではない、介護モドキだけど)を、先日、東北に行ってやってみて、思ったね。容赦なく確実に、時間は経つ。

でも、そんなこと、深く考えたら怖いのです。電気が流れるようにして、わたしたちは時間の流れよりも先に流れてしまうと良いのです。
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2009年10月22日

Sing for Darfur

先週から、東北に出張があり、秋田に行かねばならなかったが福岡からは直行便がない。そこで東京までは飛行機で、あとは新幹線で向かった。途中の東京で、映画を観た。Sing for Darfurというドキュメンタリー手法の映画。

監督はヨハン・クレイマー。彼は、この前に、「The Other Final」というタイトルのドキュメンタリーを作っており、FIFAワールドカップ2002年の際に、ブータンVSモンセラートの世界最下位決定戦を撮影したものだったけど、それが以前から好きだったので楽しみにしていた。

スペインのバルセロナで「ダルフールを救え」という大きなイベントがあり(U2などの面々がやっているスタジアムでのスーパーイベントという設定)、しかし肝心のそのイベントの様子はいっさい出ない。ましてや、ダルフールの悲惨な状況の映像もない。ただ「いかに誰もがダルフールを知らないし、関係がなく生きているか」ということを、あるがままに描いた異色の作品だった。

バルセロナの街の人々が、「チケット買わないか?」「この偽造チケット、高く売ろうよ」「チケットごとバックを盗まれた!」というように、ダルフールのイベントをめぐって、会話する。そして道ですれ違い、ぶつかる。ある登場人物が誰かに触れた(ぶつかった)瞬間に、触れられた(ぶつかった)その新しい人物を軸にして新しいストーリーが始まる。そしてやがてはダルフールとはまるで関係のない、バルセロナ中の人々の生活が描かれる。

最後の方で驚いたのは、夜中にひとりの老婆が「革命のような歌」を歌っていたこと。「自分が倒れたら、赤い花とこの歌を愛する人に届けてほしい、この戦いに勝ったなら....私は人魚に会いに行く」というような歌だった。毎晩夜中の12時ちょうどになると、窓を開けてひとり歌い始める。誰に向かって歌うわけでもない、世界に向かって夜中に窓をあけて、たった一人で歌っている。真っ暗な路地裏に歌声が響いていた。

これだな、と思う。この老婆は気違いなのかもしれないけど、こんな風に毎日毎晩、祈りのような歌を、窓を開けて歌う、それがすごいと思う。部屋を閉じてひっそりと歌うのでもない、部屋を開け、こんな風に声をあげるということがすごかった。そして、アリーナでもない、普通の生活の場で、、、考えたらわかるけど、誰が生活の中でそんなことをやれるだろうか?

映画が終わった後で、いきなり日本公開用オリジナルテーマソングがレコーディング風景と共に流れたのには驚いたけれど(これまでの本編がどこかにかき消されました)、映画そのものは大変よかったと思う。そして、今の最前線の感覚とは、これなんだと思った。半ば暴力的に世界中が結びつけられているのに、ひとりひとりがばらばらで、だからひとりで窓を開け、しんとしているから響く声で呼びかける。それを毎日毎晩つづける。

余談。
なぜかわからないが、映画は最近、ノンフィクション、ノンフィクション仕立てが多い気がする。つまり、説得力のある創造的な新しい「物語を語る」ことが、出来なくなったのかもしれない。それだけにストーリーを語ることは今後、貴重になると思う。音楽を毎晩聞かせる店はあるけども、物語を毎晩語って聞かせる店というのは、あまりきいたことがない。そのうち、誰かが作れば、流行ると思うのだけれど。
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2009年10月15日

現在をなつかしむ シリーズ(3)グリニッジ天文台

今回も、更新中です。

がおー。
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2009年10月07日

現在をなつかしむ シリーズ(2)海賊的資本主義

前回にひきつづいて、なんとこちらも更新中です。

多忙な上に(出張と、いくつかの締め切りと)、自分の能力以上のテーマを自分で掲げて、日々自分で刈り取るはめになっています。こまったなー。でも、ぜったいに書いてやる〜。

P.S. 世界激場関連のプレ勉強会、JIYU-KENKYUの10月分のレポートがUPされています(興味のある方は、どうぞ)。
http://sekaigekijou.jugem.jp/
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