2008年12月10日

再考。世界激場。そして日本。

週末、世界激場というイベントを一緒に行った実行委員の聡さんと、遅くなった打ち上げ+忘年会を行った。昼間、パン屋のカフェでハイジとペーターのようにパンを頬張りつつ、これからのことについて話した。11月に入ってこれだけ非正規雇用者が解雇されていているのをみると、世界激場というイベントが10月の時点で「格差」「若者の貧困」を扱った音楽イベントを世に出せたのは、誤解を恐れずにいえばタイミングが良かった。たった一ヶ月たった今、もはや雇用状況は目も当てられない状況で、10月に考えていたことはもはや通用しない。現在やるべきことはもっと別なことにステージが移っていると思う。

誰からも頼まれもしないのに、プロダクトアウトすること。本当に、誰からも頼まれていやしないのに、自分で何かを考えて行動すること。そのためには、よく食べて眠って動いて健康でいること。友だちをつくること。夢を守り抜くこと。これだけのことをするのが、どんだけ大変な時代なんだろう!でも、私は大丈夫。みねまいこだから!この無邪気な自信のせいで無茶をして、着地するのに失敗はしょっちゅうだけど、でも大丈夫。みねまいこだから!コンコン(きつね)。

ブエナビスタソーシャルクラブの高齢のピアニスト、ルベーン・ゴンザレス。彼がもう亡くなっていることをつい最近知った。私は、映画公開後にブエナビスタが日本公演にきたとき観に行った。ライブの後、バンドがバスに乗り込む直前に私がひとごみをくぐって「ルベーン!」って叫んだら、彼が、おっとびっくり私の方に近寄って来て、いきなり濃厚なキスをされたことがあった(これを読むのが女達だけだという確信があれば、もうちょっと詳しくどうだったとかあーだこーだと説明したいけど、男性も読んでいると思われるので自重します)。

そんな出来事がうそのようだけど、彼が亡くなったというのも、またうそのようだ。いましかできない人と会って、いましかできないことをするだけで、わたしはいつも精一杯だけど、それだけでいいんだな、と思う。どちらかが死ぬ前に、状況が変わって二度と会えなくなる前に、私にはやっとかなきゃなんないことがあるわけね。

さて、ここからは、最近の「田母神氏と懸賞論文」について考えたことを、いくつか。以前、ここで田母神氏の更迭について異議をとなえて「言論の自由じゃん」などと言ったのですが、その理由を書いてみたい。

論文が全文、朝日に掲載されいたのを読んだけど、言っていることの底が浅くて、つまるところ「陰謀説(日本は西欧列強に巧妙に仕組まれ、巻き込まれて戦争をした)」に基づいた論調に過ぎないと思った。なにも新しいことは言っていない、最近すっかり主流になったのかもしれない、歴史修正主義の論調そのものだなあと、思った。だけ。

そんなイデオロギーの問題はおいておいて、とにかくまずいと思ったのは彼が「更迭」されたこと。これは、非常に問題を残したと思う。憲法で、言論の自由が保障されているってのは、やはり基本だと思う。たとえば以前、外務省の天木直人氏が、小泉政権のときに日本のイラク政策を批判して更迭された。天木氏は日本政府のイラク介入批判をやって、一方で田母神氏は戦争をした大日本帝国を肯定し、そして両者ともに更迭された。両者の主張は正反対だけど意外にも、実は同じ問題を抱えていると思う。つまり更迭ってのは、言論の自由を保障する憲法違反にあたると思うんだよなあ。

哲学者のカントが「(軍隊では)命令に従う義務はあるが、私人として命令を批判する権利はある」ということを言っていた。カントに一票!個人として発言する権利は、発言される内容がどんなものであれ保障されるべきだと思う。そうでないとまずい。自由に言論できないってことの恐ろしさは、『ムーミンシリーズ』の小説の中で、かのスナフキンさんが何度か行動でもって主張しているように、ぜったいに経験すべきではないことのだ!「そりゃそうだわさ(うなずく、ちびのミー)。」

もうひとつ、感じたことは、テレビがとくにそうだったけど、あまりにも田母神論文に対する擁護の意見が多かったこと。「自虐史観から抜け出て、日本を肯定的に捉えよう」とする論調の多さ。それはいったい何なのだろう?と、好奇心がわくほどだ。結局のところ、そんなに難しい話ではない。その根底にあるのは、西洋コンプレックスではないのだろうか。

外国崇拝、舶来主義、ブランド志向(それはちょっとちがうか、でも同じだよきっと)、そのテンションが反対側に針が振れると、愛国心(黒いバンの車っぽいやつね)に行く気がする。で、実は『国家の品格』の藤原正彦氏も、おそらくそうなのだ。いったん外国に行って外国崇拝を一度やって、日本に帰って来たとたんに武士道に変わる。もともと日本人が誰でもある程度は持っている西洋コンプレックスが、逆に振れてしまうのだと思う。サムライブルーとか、なでしこジャパンってのも、西欧列強とサッカーをするときに、つけられたネーミングだと私は推測する。

なんかむちゃくちゃ言っている気もするけど、チャラチャラした歌手なのでチャラチャラしたこと言わせてくださいね。

もっと、さわやかな、普通の愛国心って、見つけられないかなあ?って思う。実際にリアルタイムで戦前戦後を生きて、つまり日本を肯定して、日本を否定して、それでも日本を作って来た日本人たちが、いまどんな風に日本や世界を見ているのか?わたしは今すごく知りたい。
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2008年12月03日

流通センターまつり「多の津ミュージックパーク」だぞ

こんにちは。毎週水曜日更新の『週刊みねまいこ』です。風邪等ひいていませんか?
写真が届いたので、11/23(日)のレポなどを行いたいと思います。先週はごめんなさい。書いた内容を消したこと(頭の中ぐちゃぐちゃだったからつまんない文だったから、ちゅうかライブで精力つきてた笑)。

では、ライブに来られなかったあなたのために、報告をしたいな、と思います。
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11/23(日)に開催された流通センターまつり。そこでは、初めての試みとして、野外コンサートが開催されました。多の津ミュージックパーク(T・M・P)です。会場に着いて最初の驚いたのは、ものすごく組織化されていたことでした。まず出演者用の駐車場に、2人くらい整理の人が立っていたし、会場に入ると、ありとあらゆる仕事を細分化させていて、ちょっとここまで整った組織を私は見たことがありません。しかもそんじょそこらの野外フェスよりはるかに快適でお得だと思いました。無料でカニ鍋がふるまわれたし(タラバガニだった)、簡易トイレもたくさん並べてあるし、着ぐるみの人やハッピを着たお兄さんがてきぱき仕事をこなし、チラシをじゃんじゃん配ってくださって集客の努力を最後まで惜しまないし。優秀なPAもスタッフもたくさんいるし!ああ。なんというか、ここって人為的楽園!!左のおふたりは、ちょっと写真が切れているけどワタナベエンターテインメントのBLUE RIVERさん。
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次に驚いたのは、スピーカー。ミュージシャンでさえ、ひょっとしたらあまり興味がない人は、気づかなかったかもしれないけど、じつは相当にいいスピーカーを使っていた。はい。人間、一年に一度はいい音の大きなスピーカーで大音量で音楽を聴かないと、頭が悪くなると思う。それがここでは、大音量を無料で体感できる!すごい!そうやっていろんなことに大感激してしまいました。

はっきり申し上げて、いままでライブをした会場の中で、どこよりもいいスピーカーでした。PAも優秀な方々だと思ったし、なんというか、準備もスタッフの動員の仕方もお金のかけかたも半端じゃない。お客さんが少なかったので(といっても、私が歌うとどんどん増えたと思うんだ...たぶん...気のせいじゃなくて)主催者の方が申し訳なさそうにしていらしたけど、性格的にぜんっぜん気にならない。ただ、これだけの仕掛けをしてあるうえに無料野外なので、もったいない!!!と思った。カニ鍋も無料でふるまわれて、ちょっと寒いけど、なんちゅうか、幸せってこんなこと?と思ったね。だから....

わーい!こんな気持ちで始まりました。カメラマン、ずりっとずっこけたみたい。手がすべってななめアングルで撮影(本人談)。11/23(日)14:40。
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わたしはじつは一週間前に、会場に下見に来てました。で、大きなもみじの木の下そばにステージが作られるというはなしを聞き、その場所に立ってシュミレーションしてました。で、私は髪の毛の色も、もみじと同じ色に染めてみました。写真は「わたしの髪の毛、もみじと同じ色だよー」ひらひらとお客さんに見せているところ。でも、そんなこと。ちゃんと説明しないと誰もわからないってば(笑)。
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くるくるくるくる(ぱー、ではない)。
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風が吹いた。
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シンセサイザーを弾きながら歌おうと思っていたけど、結局歌うのでいそがしくて、ほとんど弾きませんでした。ド派手なシンセをバーンと置いて、つまり格好だけつけてしまった。
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ちなみに、サポートしてくれたベースのコーチ君とギターのゆうじさんにも、もみじの色に合うコーディネートした衣装を準備してみました。
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自分のCD販売&サイン会が終わり(ご購入いただいた皆様ありがとうございました。いま作っている2枚目のアルバムの制作費で、大きな胸を悩ませていたので、ぜひそちらにつぎ込みたいと思います!)その後イベントがすべて終了したので、帰ろうとしたら、商工会議所の方なのかな?流通センターの偉い方なのかな?白髪の紳士がスーツを上品に着てらっしゃる方が、声を掛けてくださったんだよね。「盛り上げてくれてありがとうね。」と私におっしゃったわけ。

私は、じつは自分の歌が役に立つって、今まで本気で思っていなかったというか、そうありたいとはずっと思っていたけど、まさか本当に役に立つとは思えなかった。だってたぶん、どれも変わった曲ばかりだし(笑)。「ありがとう」と声を掛けられるのは、これはかなり自分自身でもショックな出来事でした。この一言で、正真正銘に「仕事をしたんだな」という気持ちになったんだよね。これで私も、一人前(やっと)になったのかと。これからも、呼ばれたらどこへでも飛んで行く。

終わって、目でお礼をしているところ。
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というわけでした。すべてのイベントが終了する前5分には、すでに50人くらいのボランティアの人たちが、ほうきを持って清掃のために待機していたので、魔法使いがたくさん来たように見えました。この野外フェス音楽イベントはすごかった。たぶんもっと大きく、ある意味これから名物になるよ。

はなしは変わり、しばらくたってからこのように、ライブの報告をしたわけですが、なにかをするのに「ぐずぐずする」というのは、非常に気分が滅入るな、と思いました。なにかをやったら、報告も含めてその場でぱっと終わりたい。「ぐずぐず長引いていつまでも終わらない」というのは、私はあまり好きじゃない。

なんでもそうだけど「待つ」ということは非常につらい。たとえば自分が入院していた場合、お見舞いに誰か来てくれるのをじいっと待っているとか、歌手志望でデビュー寸前までいった女の子が、本当にデビューできる日をじいっと待っているとか、出版社に原稿を渡したのになかなか出版日が決まらなくてじいっと待ってるとか。そんな実現可能でもあてのない類いの「待つ」という態度のこと。これは、相当につらいものがある。

私の前には、けっこうな課題が山積しているけれど、それをやらないと先に進めないのはわかるので、ぐずぐず待たないで、とりあえずぱぱぱっとがんばろうかな、と思う。移動すること。誰かと出会って交通すること。これまでもなんとかなってきたのだから、これからもきっとやれるさ。以上。

*****
11/23(日)2008 SETLIST

彼女の着ている青いドレスは流行している
LOVE YOU MADLY(mixed by コーチ)
鳩のように(mixed by コーチ)
Aimless Walk
イスパーニャ(arranged by サクラダ)
アモーレの生涯
日常がある

ほとんど:頭突きが得意な、みねまいこちゃん
演奏参加 ギター:大石雄二、ベース:コーチ、バイオリン:サクラダ(トラックのみ)

主催者のみなさん&ナイスビームスタジオの田村さん、左座さん、そして小山さん、おつかれさま、ありがとうございました。ぱちぱちぱち(フィナーレ!)。
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2008年11月26日

強く雄々しくあれ

毎週水曜日更新中の、週刊『みねまいこ』です。こんにちは!
まず、ライブに来て下さった方、ありがとう!会場で配られていた、無料かに鍋は召し上がりましたか?

せっかくですから今日は、11/23(日)のライブの報告などもしたかったのですが、撮影してくださったカメラマンからの写真などの資料が届くのが今週末なので、あらためて来週の水曜日にUPします。ただ、このときのライブに関しては、11/19の私のブログに対してコメントをくださった方がすでに、ご自身のHPで写真つきで感想を書いて下さっているようなので(ありがとう!)、そちらで確認できるかな、とは思います。でも、自分でちゃんと来週報告します。

この下に、実はちょっと文章らしきものを書いていたけど、気が変わったので消します。

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2008年11月19日

君がすべて

車のベンツのマークと、ピースマークの区別が、たまにわからなくなる、みねまいこです。

今朝、6時半にいっせいに、普通の目覚まし、携帯の目覚まし、誰かからの電話、炊飯器の「ごはんが炊きあがりました。」という機械女の声、冷蔵庫のブーンという低いうなり、自分自身の「(がばっ)わあ!」と驚く声、全部がいっさいがっさいに鳴りだして、なんというタイミングなんだろう!わおー。家の中にオーケストラ(ちっちゃいけど)がある〜!と、びっくりして飛び起きました。

最近また警察につかまったらしい(笑)、ジョージマイケルの「Listen without prejudice vol1」をたまたま借りてなんとなく聴いていたら、「君が好き、君が大好き、君がすべてだよ!」と歌っている気がした。この人の音楽は別に興味はそんなにないけども、「シンプルに愛を述べる」という感じは好きなので、ぜひ真似しようと思った。というか、昔は自分がこんな態度で生きていた気もするけど、今はいろんなことをこねくり回したあげくに、小さな砂場の大将になった気がする。ちっとも面白くもなんともない。ああ、誰かこんなわたしを殺して下さい。

今週末は、11月23日(日)に、流通センターまつりに出演します。遊びにおいで。私は14:40〜の予定です。テレビのRKB放送でもがんがん宣伝がやっていたらしいけど(私は観ていないのですが)まあ当日会場に行けば様子もわかるでしょう。野外ライブなので、みなさんあたたかくしてくるべし。何を着ようかな。もう冬だし雪ん子みたいな格好にしようかな。では会場で会おう!! CIAO!! アミーゴ!!
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2008年11月12日

緑の牧場をとおって

先週末、欧州プロモーションのSnigelがアイルランドからうちに泊まりに来た。Snigelが、黒髪の気前の良いサンタクロースのようにして、スーツケースから次々とお土産を出してくれて、こんだけ運ぶのに重たかっただろうなあと心の中で思いつつ「ありがとう」と言った。夜は部屋をまっくらにして...といっても、まったく色気めいた話は残念ながら無い。いっしょに怪談話をしてぎゃあぎゃあ騒いだあげく疲れ、夏休みの小学生のように眠った。

Snigelは、私の高校時代の親友で、男性。高校時代に私は3人男の子の親友がいて(私を含めて4人でつるんでいた時期があった)、そのうちの1人なの。みんなばらばらになって、私は福岡、Snigelは東京の大学に入った。たったひとりSnigelとだけはたまに文通していて。たまに私が「JRの格安チケットが欲しいんだけど」と手紙に書くと、「今度会ったら寿司をおごってネ!」というコメント付きでチケットが入っていた記憶がある。

大学の2、3年の頃に「アイルランドに留学する。わし。」という手紙が来て、私も自分のことで大忙しで、それからずっとどこでどうしているのかも知らなかった。私は大学院に進んでとりあえず研究やって、博士課程というやつに進んだときに、これからは、歌をうたいたい。と思い、作曲活動を始めた(現在に至る)。そんな中、主に西洋のロックをひととおり聴くと、アイルランド音楽が根っこのところにあるような気がしてきた。とくにアイルランド音楽の持っている膨大なメロディのストック。そこからひっぱり出して来て作られた旋律って、ロックには多いよな、と思った。じゃあ、現地に行ってみるべ!と思い、行ったのが最初。

行っても何もわからなかったけど(外国なんて行ったことなかったし英語もさっぱりわからなかったし、ただ、パブで私はアホのように踊ってただけだった)また来たいとだけは強く思った。帰国してネットで「アイルランド」と検索したら、アイルランド真実紀行http://www.ikikou.com/というホームページが見つかった。面白くてずっと読んでいた。ある日、そのホームページの著者が本を出したという。著者の名が書かれたその本を見てあぜん。「この人って」それで連絡をとって、返事がきて、やはり高校時代のあいつだということが確認された。私は、ずっと彼だとは知らないで、ホームページを閲覧してきたわけで。何かお能のストーリーのように、げに不思議なこともあるものよのう。という心境だった。

そんな奇妙な再会を果たし、現在に至る私とSnigel(彼はもうかれこれ通算10年以上はアイルランドに住んでいるはず)。私がヨーロッパにプロモーション&ライブに行くと私のPoor English(ヘタなえーご)を、みごとによどみなく相手に伝えてくれたり、私の何のあてもない、単なる無知で無鉄砲な真剣さを、とりあえず無視しないで、彼の語学力と交渉力でもって、ずっと着陸させてくれて来た気がする。

前置きは長くなったけど、Snigelと今回話していて、はっとしたことがあった。一緒に食事に行って、彼にイタリア料理を奢ってもらったのだが、その際にお店の人がレシートや明細を出さないこと。ただ「◯◯,◯◯◯円」と書いた紙切れを示して、それで客が支払う仕組みになっていた。福岡だけかもしれない。他の都市はどうなのだろう?福岡のとくに個人経営の店がそういうやり方をとっている気がする。私はそれに対して別になにも思って来なかったけど、Snigelに言われて気がついた。明細もレシートも出さないというのは、自分らが食事をしたという記録が残らないわけで。ひょっとすると店の人が悪用しようと思えば、脱税だってできるし、その場合、自分たちって「税法上は存在しなかった」ことになるんじゃない?気持ち悪くなあい?うん、そう考えると気持ち悪い。

もちろん、そういう店は「領収ください」と言えば、出してくれるんだけど、こちらから頼まないとくれない。じっさい「明細みせてください」って、ちょっと言いにくい。相手を信用していって印象を与えるのもなあ、とつい遠慮してしまう気がする。

自分が、レシートを出さない店のやり方に、これまでなにも疑問を抱かなかったことは、それだけどっぷり自分のいる今の環境にそまってしまっていたのだなと思った。自分の周囲100mの外に出たいなあ。自由になりたいなあ。ぶつぶつぶつ。

右翼には興味がないし、でもAPAホテルの論文と防衛省の件は、みんなじゃんじゃん自分が好きなこと書けばいいじゃんと思うし、思想の自由!と思うし、左翼は最近すごく活発で、共産党員になる人が増えてるけど、私は資本主義大好きだし集団主義大嫌いだし(関係ないけど大澤真幸編の『アキハバラ発<00年代>』の吉岡忍の文章が面白かった)、右翼にもいろいろあるだろうし左翼といってもいろんな活動団体があるからひとくくりにするなと言われるだろうけど、細かい政策論争に巻き込まれたら人生の無駄だからごめんなさい、右翼左翼それぞれひとくくりにします。

麻生首相をみんな本当はねたんでいじめてるんんだと思うし、麻生さんも「金持ちでなにが悪い」とひらきなおってしかるべきだと思うし(それができないのは案外、本当に素直なおぼっちゃんなのかなという気もする)、そもそもお金があるのは本質的に大事なことだと思うし、小室(等ではない)さんはただ資産を増やそうとして失敗しただけで、事業に失敗するのはよくある話なのに、ファンを裏切ったとか、お金の使い方がわかっていないとか、ざまあみろ!みたいなコメントをなんでみんな出すのか、そんなの大きなお世話だと思うし、ずっと彼をみんなねたんでいただけじゃないのかと思うし、ぶつぶつぶつ。

(いきなり話が飛んだところで、書きかけですが、書きかけのまま、失礼します)
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2008年11月05日

マイコージャクソン

とかく日本という国は、「女性の結婚適齢期」とかいくつになったら「従順に」「年齢とともに枯れるべし」とか、病気になったら「先祖からの因果応報」とかホラー話をならべてくるので、そんなもんことごとく反則技で破っていきたいみねまいこ、です。うそうそ、本当のことを言うと、そういう「空気」みたいなものは、自分の中でよく理解できるし、そこから外れてしまう怖さもわかるな、と(意外とKYじゃないのです)。でもそれでもどうしようもなく、反抗してしまう自分がいるので、いっちょここは、勝負かけて、自分が本気で社会、世間的な掟を破るっていう意思表示を、日本的社会(世界でもいいけど)にむけてアピールしたいな。と、思っていました(結局、芸能人に向いてるんだね)。

そこへぜんぜん関係ないけど、ハロウィンが来ました。

先日のApple Storeの打ち上げとして、天神FMドットFのメンバー(yuriさん、テトリスさん)で、ハロウィンの夜に、カラオケ&食事に行くことにしました。事前に「ドレスコードは仮装です」というメールがyuriさんからきていたので、私の目に光がともりました。しかも、彼女たちはかなりノリが良く、感性が豊かな人たちなので、これは何をやっても、OKだということだな(笑)、と勝手に解釈しまして、はい。

さて10/31(金)夜7:30に、キャナルシティーに集合です。歌手としてのアンニュイな自分と、素のふつーの自分との間で悩んだあげく、よくわかんなくなって。マイケルジャクソンのスリラーの衣装を着て(カツラ付き)、集合場所に向かうことにしました。バスはさすがに、乗れませんでした。それだけは勇気が出なかった....。タクシーで向かいました。

私の家族も一緒です。家族というのは、私がぎりぎり20歳超えて...(どっかの問題になっているアメリカのティーンネージャーにあらず)私が大学時代にいつのまにか産んで、ひとりで養育中の子どもも、連れて行きました。ただし、ドレスコードは「仮装」だったので、それなりの格好をしないと連れて行けません。うちの坊やも、がんばって仮装をしていました。えらいぞ!

早く着きすぎて、ぽつんと待つマイケル親子。

あ、きたきた。近づくなりyuriさんが大爆笑。そしてyuriさんも、猫の耳をつける(めちゃめちゃかわいい!)。それを見てあなたも相当に変わってるね〜と思いつついっしょに爆笑。さらにやってきたテトリスさん、頭にかぼちゃを乗せて(ヘアバンド)。やっぱり彼女も相当にヘン。みんなで腹をかかえて大爆笑した後、食事&カラオケへ。
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どっかのコスプレ大会なら産業のレベルで(百人規模)でやるから怖くもないだろうし、用意された非日常の空間でやるだろうから安全なのでは。でも、たった4人でへんな格好で普通の店に入り、普通に移動するってのは、ものすごく恐怖。いや、こっちが怖がっている以上に、周りの人が怖かったかもしれないけど(笑)。

このコスチュームはサウナスーツみたいな素材であったため、サウナ状態で、途中で意識が朦朧としてしまいました。自分の名前がわからなくなって「スリラー暑い...」と口走っていたらしい。スリラーじゃなくて、マイケルジャクソンだってば。というか名前は「みね」ですってば。しかも汗で気化熱がうばわれるので、しまいにはガタガタ震えて、ほんとに自分でもスリラーって感じだった。

カラオケでは、いろいろみんな歌ったけど、みんな上手いねー。良い曲ばかりを選曲するので、思わず調性など曲を分析しそうになったけどいかんいかん、今日はただの遊び「打ち上げ」だった。私は個人的にはマーヴィンゲイの曲が歌えて嬉しかったのと、yuriさんが曲名は忘れたけど「hate!hate!hate!」をドスのきいた感じで連発する洋楽曲を歌ってくれて(普通、女の子は歌わないわな、そんな曲。と思った笑)、私も思わず「hate」関連の言葉の即興コーラスを入れて、それが楽しかった。ふだん言っちゃいけない言葉を連発するって、相当に快感。最後に"we are the world"を全員で熱唱。Apple Storeライブの打ち上げは、異様に盛り上がりました。いやあ、よかったよかった。マイコー的にも、喜んでもらえてよかったです。

マイコーWe are the worldを歌う(写真は正確には別の曲かも?)。
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みんなで帰る途中、タクシーの中で、たまたま私の携帯に電話がかかって、出ていですよーとみんなが言ってくれたので、出てみた。そしたら、マイコーは、自分のカツラが邪魔でぜんぜん相手の声が聞こえなくって。「すみませーん。いまカツラが邪魔で聞こえませーん。」どなたからの電話かわからなかったけど、それだけあやまって「ええい切っちゃえ。」ごめんなさい。もうその頃にはマイコーの中には「カツラをとる」という選択肢はまったくなく(笑)。

お土産をいただきました。家で、がつがつ食べました。手作りだった!カボチャペーストたっぷりヘルシークッキーと、かぼちゃの形のシュークリームでした。すごく、感動してしまいました。この日のために、こんなにすばらしいお菓子を作ってもってきてくださるなんて...。夢見心地に美味しい!ドットFのyuriさん、テトリスさん、ありがとう(こんな超キュートでエネルギーを注ぎ込んだお菓子はある意味すごすぎる!)。来年も「ハロウィンバカ」になりましょう!そのまえにまた、ラジオのお仕事でお会いしましょう!
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私生活のはなしが出たついでに、もうひとつ。帰宅して、子供部屋をのぞくと、坊やはさすがに疲れ果てて、お風呂にも入らず、ばたんきゅーで寝ていました。が。枕元にはお行儀よく、明日着る洋服と、仮装で使った「まさかり」が並べて置かれていました。彼の将来が非常に心配です。

追伸。興味のある方で会員に入っていらっしゃる方は、mixiの「みねまいこコミュニティー」に登録をどうぞ(じつはmixiのみねまいこコミュニティーは上述のyuriさんが運営してくれています!Thanks!)。

編集後記
友だちのハンガリー人(女の子)が言ってたけど、国民性として、がーーーっと遊ぶと、どーーーんと落ちるので、ハンガリー人は自殺率が高い。とのこと。彼女はそんな彼女自身にもある躁鬱気味なハンガリーの国民性を心底嫌がっていました。日本人も、ハンガリー人と同じく躁鬱になりやすいらしい。人によっては、日本人全員が躁鬱病だと言う学者もいる。だからマイコーは、あれだけはしゃいで楽しかった後にどーんと落ち込むのでは?と気をつけていました。そんな躁鬱病の警戒をしつつ、で、もくもくと汗だくになったスリラーの衣装を洗っていました。で、ただそれがちょっとむなしかった、だけ(笑)。

これ言っちゃっていいのかな。数日後にアイルランドはダブリンから、ヨーロッパプロモーションのSnigelがみねまいのところにやってきます。ちょっとMine Maikoのユーロ安に揺れるヨーロッパ上陸作戦会議など(という名のバカ話。私は飲みません。Snigelだけね、きっと酔いつぶれるのは...)をする予定。今年はローマ法王に謁見ライブツアーに行けなかったものね。さてさて、どうなることやら。

クールな歌手もやっています。11/23(日)は、野外ライブです。雨天決行とのこと。2万人規模の人が集まる「流通センターまつり」で歌います。流通センターは問屋さんの集まるエリア。問屋街が歩行者天国になって、100の店舗が露店を出し、フリマもあり、アウトレット&バーゲン三昧らしいです(私は、ニューバランスのスニーカーの問屋さんをチェックして、交渉してさらに格安でゲットしたいなと)。みなさん、ライブをのぞきに流通センターまつりに来い来い!

今回一緒に遊んだyuriさん視点によるハロウィンレポートはこちらです。上の写真は、彼女から送っていただいたものが多いので、重複しているのもあります。笑いながらもずっと撮影してくれた、yuriさんテトリスさん、ありがとう。と、乙女チックにまとめてみましたが、、、いかんせん私はマイコー(来年につづく!)。
http://yurimarin0725.blog.drecom.jp/archive/1397
↑たぶん、yuriさんの文章の方が、私より面白いと思うよ。
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2008年10月29日

新競技「どこまで自由になれるか」競争

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世界激場が終わって、まず興行的にいえば、ひょっとしたら北欧あたりへの飛行機の往復のチケットがシーズンオフならば買えたかな?と思うくらいに赤字だったのだけど(聡さんと二人で重荷を背負い合った、ぐっすん)精神的にはいつも後ろ向き。じゃなかった、前向き!これから自分がやるべきことがみえたな、と。

一方で、イベントの後、すこし不完全感をおぼえた。ずっと考えていて、ある朝地下鉄に乗っていた。そうしたら、取材をしてくれた某新聞社のKさんという記者さんが(女性ね)、一心不乱に立ちながら本を読んでいる。ビートルズって書いてある。そんで、ノーメイクに分厚い眼鏡、髪の毛が逆立ってて、ものすごく刺激的なショートパンツで足を交差させて肩がぐいっと開いた黒のセーター。セクシーなかんじ。でもちょっとまちがうとシゴト帰りのオランダの売春婦(笑)。つまり、記者っぽくないわけ。私の視線に気づいて「あ。みねさん。私昨日の夜、遊んじゃって。この本?私の中でいま、ビートルズの第二次ブームが来てるんです(←なにそれ?)!あ。ここで降ります。また!」と、嵐のように降りていった。

そのとき彼女がぴょーんと去っていったときに、思ったね。これだ!って。これってのは、「自由な気分」ってやつです。ああ、私が欲しかったのは、こんな感覚なんだと。自分の信じていることに、自分がつかまってしまったらそこでおしまいなの。自由じゃなくなるわけよ。あとは老化の一途をたどるし、諦めちゃうし、死んじゃうし、もういいことないよ。つまり、自分自身に掴まらないような、スピード感、自分をうらぎり続けてる勢いみたいなもの。

それって、いいじゃんない?!これをやらなきゃダメなんだと。そう思った。私の言ってる意味わかる?あまり説明になってないかもしれないけど、簡単にいうと「必死になってしがみつくものがなにもない」「自分のことをあっけらかんと片っ端から破壊していく感じ」「細胞を未練なくすてて全部新しく更新する」かなあ。ああ。説明になっていないかもしれない(そこは日本人同士。あうんの呼吸で察してください!)

頭をがーんと殴られたようなショックを受けて、そうそう大事なのは「自由な気分」ってやつよ!「自分がどれだけ自由になれるか競争」みたいなことを世界激場でやりたかった!だけど、その空気を(自分の基準の)ベストコンディションでは作れなかったんだわ!と気がついた。紙屋高雪をハリセンで叩いてもよかったのよね....。ちー!がじがじがじ。ストレスのたまったハムスター状態(笑)。

yamahaで楽器のメンテナンスをしてもらった後、天神の中心街にハロウィングッズを買いに行った。ハロウィンの日に、先日のApple Storeの打ち上げをする予定。天神FMのradioドットFのスタッフたちと女ばかりでカラオケに行く約束をしたのを思い出したからだ。私は「自由な気分」が欲しい!という猛烈な気分でいたためか、自分の殻を破ろうとしてだったのか、マイケルジャクソンのスリラーのコスプレ衣装(カツラ付き)を買ってしまった。

別の時代が近くに来ている予感、空気を感じてる。だから、早めに誰かと競争をしたい。「どこまで自分が自由になれるか競争」。世界激場が、もし次にあるとすれば、集まった人たちでそんな競争をしたいよね。つぎは、世界激場ではなくて、世界征服って感じでね。というか「世界征服しようとしたら、こんな感じになりました」みたいな。ん?とりあえず、ひとりで始めようかな。私と競争してくれる人は、いないかな。
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2008年10月22日

世界激場が終わり...

http://www.myspace.com/sekaigekijou

さる日曜日。10月19日は運動会!じゃなくて、世界激場が終わりました。あまり客観的な評価が自分ではできないため、イベントそのものに対する社会的評価(いろいろな人からいただく辛辣な、もしくは好意的な、賛否両論のメール)を拝読しつつ、一方で私がやった演奏そのものに対するコメントもききつつ。そんな感じで3日たち水曜日になりました。

世界激場について、まだ自分自身の中で判断がつきかねる。だから、いろんな人の意見が来るのをもう少し待って、掲載許可をいただける方に限って一般公開しようと思う。それで様々な意見を並べることで、どんな社会的意義があったのか?インパクトはあったのか?などを全体像が見えるかなって思う。写真やできれば映像なども、上記のオフィシャルサイトで、他の出演者の許可がとれ次第、順次UPする予定だ。感想などはここにください。社交辞令とかではなく、本気でお待ちしております。
宛先: sekai_gekijou@yahoo.co.jp

演奏そのものは、京都からサクラダが来てくれたので、どれだけ助けられたかわからなかった。世界激場が終わった翌日、サクラダと海までひたすら歩いた。海に出たとき、それがどれほど奇麗だと思えたことか!

テクノやエレクトロニカも叩ける(なんでもできるわけではありません〜と、ご謙遜なさる方だけど、たぶんやってくれと言ったらとりあえずやってくれると思うんだよねーふふふふふ)ドラムのハンキンさんが入ったことで、いろんな遊びの要素が入れられるようになり、選択肢が広がった。いろいろ注文していたら「みねさんこわーい」と言われた気がする(幻聴かな)。裏方でも、いろいろ動いてくださって(車でかなりの荷物を2往復して運んでくださったり、直前に相当に有能な本格派の照明スタッフとアシスタントを探してくださったり)、すっかり私の目はハート。あれだね、こういう修羅場のとき、人間はただのライオンになるね(私だけだって)。いま、自分で作った格言。「雌ライオンは、強い雄ライオンにひかれるものである。」しかーし。またひとたび練習にもどると、どんな素敵な男性も、みんなただのすぐれた楽器にしか見えない。ああ。おそろしい!私という人間は!

ギターのゆうじさんと、ベースのこうちさんは、良かった印象は残っている。もともと力量のある彼らだ。いいえ、正確に述べた方がいい。薄情かもしれないけれど、それが3日前のことだとしても、私は完全に忘れてしまった。ごめんなさい。じつは11/23(日)に流通センター祭りといういろんな企業や、問屋さんが集まって行うお祭りに招待されていて、そこで彼ら二人とは再び一緒に演奏する。つまり、先のことしか頭にない。来月彼ら二人といったいどうやって「新しい感じ」を作るか?そればかり考えて作業を始めているので、3日前の演奏をどんなに思い出そうと思ってもまったく思い出せない。彼らとの来月の演奏が楽しみでしかたがない。いまさらとってつけたようでしかないけど、一緒に演奏してくれてありがとうと言いたい。ライブの後、片付けが遅くまでかかり、終電があるかないか?と話していたので、サクラダもうちに寄るし「こうちくんも、うちに遊びにきなよ。3人で話そう」と誘ったら、「(PAの)小山くんと帰ります。」結局、男性陣で一緒に帰っていった(らしい)のが、礼儀正しい小学生の男の子たちみたいだなーと思って可愛かった。

3、4年間、ずっとおっかけをしてくれてきた女の子が言っていた。みねまいは、最初にみたときひとりで歌っていたけど、今ではこんなに(複雑なことができるように)なって!と。ああ、そうかと思い出した。ほんっと、ひとりだったんだよね。昔は、ただのちんぴらだったよね。いまでもただのちんぴらだけどさ。というか、忘れずにずっと、おっかけしてくれる、あなたの方がすごいと思うんだけどな(笑)。ご期待にそえるよう、あなたを今後30年間くらいは裏切って行きます。なんのこっちゃ。

どうなんだろう?ダメなところは、からっきしダメだった気がするけど、世界激場というイベントは、ふたを開けてみれば「衝撃」はあったのではなかろうか?新聞の取り上げられ方も大きく、反応も大きかった(同じだけ批判も大きかった)。一番遠いところでわかっているのは、東京の出版社関係の方が観に来ていたらしいし、大阪から観に来てくれた女の子もいたし、サクラダは京都から演奏をしに来てくれた。リアルでライブ感があってひりひりする感じ、そして集った人々がいつの間にか共有した愛はあったのではないだろうか?最後に一緒に実行委員をやったタージリンの聡さんと固く握手をし、その後いっきに壁一面に貼ったいろんな人の「言葉」をびりびりと破ったとき、ふとそう思ったのだった。
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2008年10月15日

世界激場のまえにちょっとおはなし

昨日は、朝日新聞の夕刊に、写真つきでインタビューが掲載された。実に派手だった。「世界激場」に関する記事だった。社会欄だ。「三浦元社長自殺 死因は『窒息』か」の見出しの上に、わたしの歌っている写真。

その世界激場は、数日後の10/19(日)の午後14時から、トップバッターは私の演奏で始まるわけだけど、なんというか、正直にいうと、世界激場は自分の中で、もうやりつくしたので、頭の中はもう次のことに入ってしまった。これを二重人格という。

ここでこの日、演奏を一緒にしてくれる人たちを紹介したい。まず、京都からサクラダ。彼女はバイオリン担当。「◯◯の宮」って雰囲気で、、相当に強い印象を残す演奏者だ。一方で、現代的な長身の美女だね。足も長いしね。たぶん、ジーパン買ってもサイズ直さないでいいんじゃないかな。と、どうでもいいことばかり言いましたが、彼女をひとめみてノックアウトマウスされる人も多い(マウスは余計でした)。まあ、この日はリラックスした演奏してくれるのではないかと思う。ちなみに彼女とは、コンシピオのオーディションで出会った。

つぎは、ギターのゆうじさん。いまは、元ゴダイゴの浅野氏と、福岡で一緒に演奏活動もやっている。いぶし銀のような、いいギタリスト。ベースはこーちくん。彼も、ゆうじさんと同じ、上記の浅野氏と一緒に演奏をしている。神童がそのまま大人になったような雰囲気の人。何があってもぜんぜん動じない。たとえば私が去年、泣く子も黙る有名なミュージシャンに「(ある曲で)転調が多すぎる」と言われて、こっちは一応ご意見を参考に、転調を減らそうかと思ってたら「どこのだれがそんなこと言うたかは知りませんが」と普段ほとんどなにも喋らないコーチくんが、とつぜんそう言い出した。で、私は初心を貫いて転調を異様に多いままにしたのだった。ドラムは渡辺ハンキン浩二さん。彼はY.M.O.の完全コピーバンドや、全国的に注目されているオンゴロというプログレッシブバンドで活動なさっている。いつも、楽しそうで、しかもやさしい。こないだ韓国に公演に行かれておみやげに高麗人参石けんをくれた。彼のドラムもお楽しみに。きっと見ていて楽しい気分が感染します。

そんなメンバーで、曲をてんこもり演奏する。

一方で、世界激場は、トークセッションもあるので、そっちも少し説明を。メインは、紙屋高雪さん。彼は今、新進気鋭の漫画評論家だ。で、彼の漫画評論を展開してもらいつつ、私が質問したり、もうひとりの実行委員の聡が話したり。おそらく、音楽イベントにちなみ、『のだめカンタービレ』などの音楽漫画を扱ったりするのでは?と思う。でも、さっぱりわからない。用意はあるけど、トークセッションなので、どこへ行くかわからないし、会場のお客さんの反応次第ってのもあるからね。そして、じっくり、『闇金うしじまくん』など(他多数の漫画が参考になる可能性も大)の漫画を扱いながら、格差社会や貧困、ワーキングプア、フリーターなど、労働問題を扱うはず。いま、わかっているのはこの程度だよ。

というか、私たちは、やりながら考えるのだ。

資料がまだできていないので、きっと今日明日、私はひとり深夜のキンコースで、何百枚も印刷して、紙をそろえて、ホッチキスでぱちんぱちんと、閉じるんだろうなあって思う。それがちょっとつらいかな。ううう。コンシピオの社長だった高橋信之氏(Y.M.O.の高橋幸宏氏の実兄)に「このひとは天才かもしれない」と言われたことのある歌手が、コピー機にはりついて、深夜必死の形相でホッチキスとは(そんな姿、だれにも見られたくないけど、見たらきっと面白いぞ、笑)。

なーんだ。頭の中はぜんぜん次に進んでないじゃん。
わたしは世界激場の準備に夢中!

あなたは?

あなたは風邪等ひかぬよう、世界激場にいらしてください。
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2008年10月08日

Apple Store

Apple Storeでのライブは、ご来場ありがとう。セットリストです。
I had a gig at Apple Store Tenjin last saturday. This is the setlist.

帰れソレントへ from 宇宙Torna a Sorriento-from the space-
固い物はすべて空気の中にとけていってしまうAll that is solid melts into air
LOVE YOU MADLY
POST CAPITAL
太陽とロシアの船ーボサノヴァバージョンーRussian ship under the Sun-Bossa nova version-
日常があるDay-to-Day Resistance

なお、太陽とロシアの船のボサノヴァバージョンは、ベースのコーチくんがアレンジしました。

写真についての説明。※これらの写真は店舗の許可を得て撮影されています。

まず、リハは、PAの北御門さんと。毎晩どこかのライブハウスでPAをなさっているそうです。これまでも何度か、彼とは仕事をしてきました。なんというか、片足を上げて鬼のような形相で指示を出すあたり、私の性格が隠しても隠しきれず出てしまっているかと。
n.jpg
PA:Mr. KITAMIKADO Thanks!

ベースは神童っぽいコーチくん、ギターはベテランゆうじさん。
applestore1.jpg
BASS:coach(left), Guitar:Yuhji(right)

なぜか壇上から降りて.....
applestore2.jpg
junping down from the platform....

頼まれもしないのに、お客さんと握手。
applestore3.jpg
shaked hands with each other.

イベントをオーガナイズしたドットFに、ありがとう。
(参考)
ドットFに属する(顔でもある)方の視点で、まとめられたレポートです。
http://yurimarin0725.blog.drecom.jp/archive/1370
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2008年10月01日

覚え書き memo

来週はゆっくり更新します!I have to say sorry but I have no time (It's true) to update this page. Please come again on the next Wednesday.


9/28(日)天神FM(23:00〜)radioドットF
MTC特集@『SCOPE/COMMA』で数曲オンエアされました。
28th Sep Her songs were broadcasted by radio.F (Tenjin FM) from 23:00-23:30PM.

9/28(日)西日本新聞 朝刊24面「Qーmusic」に掲載されました。
28th Sep She was interviewed by the Newspaper"NISINIPPON".(JAPANESE)
http://qnet.nishinippon.co.jp/entertainment/
http://qnet.nishinippon.co.jp/entertainment/qmusic/20080928/20080928_0001.shtml

10/2(木)西日本新聞 朝刊16面「世界激場」関連のインタビューが掲載されました。
2th Oct She, as well as Mr.Sou was interviewed by the Newspaper"NISINIPPON"(JAPANESE) . They organize Sekai_Gekijou.

10/4(土)16:00〜AppleStoreFUKUOKAで、ライブをします(無料)。
遊びにきてね。4th Oct She will play at the Apple Store Fukuoka tenjin from 16:00-16:30 (FREE). Come on and Enjoy!
http://dotf.jp/mct2008/
http://www.apple.com/jp/retail/fukuokatenjin/

10/12(日)天神FM(23:00〜)radioドットF
[世界激場特集]として、ゲスト出演します。
12th Oct She will talk with AJ Arima, Mr. So(from SEKAI_GEKIJOU) and will be broadcasted by radio.F(Tenjin FM) from23:00〜23:30PM.
http://dotf.jp/
http://www.myspace.com/sekaigekijou
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2008年09月24日

組織論 How to organize my band?

忌まわしい事件がここ数日続き、まったく心が晴れずにいた。空虚な総裁選も終わり、私はたったひとりで深夜、ムーミン谷のシリーズの小説を読みたいと思った。だけど、明日は早いから眠らないといけない。そういうのを大きな不幸という。麻生氏は、キャラとして面白いが、言っていることに、リアリティのなさを覚える。だから、漫画の中で敵をやっつけるみたいに、何かのきっかけであたかも主人公のように武力行使にふみきったりしそうで、そこが心配だ。

The terrible murders, especially victims were children in this month make me depressed. I felt so blue these days that I wanted to read the novels of Mumin by Tove Jansson in the mid night alone. But I will wake up early tommorow, so I have to sleep without reading. That means the heavy sorrow to me.

先週は仕事がずいぶん進んだ。だから、タバコはうまかった。ごめん嘘ついた。タバコは吸いません。

I carried out partly my work the last week. I was satisfied it, I enjoyed the cigar. Oh, I told a lie, I've never smoke.

先週は、レコーディングを一本、ほぼ一発録りを目指し、そのためには入念な仕込みを。前日の1.5日ほどかかり、その後スタジオへ移動。夜までかかって仕込みをしたのち(めずらしく残業をした)、翌日は朝からレコーディング。SaxはMax Alessandrini氏。イタリアとバルセロナから来て下さった。ギターはゆうじさん。彼は、元ゴダイゴの浅野孝己氏とライブ活動中。ベースはcoachくん。彼も同じく浅野氏と活動中、その一方で即興演奏などもなんでもやっていらっしゃるのはうわさで聞いているけど、控えめな方なのでよく把握できません。でも、大事なところでものをはっきりおっしゃる方。Y.M.O.とチャーリーブラウンが大好き(たぶん)。ドラムは渡辺ハンキン浩二さん。彼はY.M.O.のコピーバンド博多マジックオーケストラ、他にはプログレバンドなどさまざまな活動(ちなみにオンゴロという彼のバンドは、CDジャーナル9月号に掲載されています)。で。はじまり。いざはじめてみるとアレンジは間違っていないと思ったが、構造が複雑すぎて、あまりそれぞれの演奏能力が十分発揮できないように思えた。つまり、ライブレコーディングには全然むかないアレンジだったのね。すまなかったです。急遽その場でアレンジ変更する。その間、全て英語と日本語で話をしたため、普段の2倍脳が回った気がした。ヨーロッパでなにかをやるとき、必ずアイルランドからSnigelがやってきて通訳もコーディネートもしてくれる。どれだけ彼がいなけりゃ自分がなにもできないかが、自分で全部やってみることで痛感。でもまあ、なんとか全体をまとめながら(ただ威張っていただけかも)音を作っていった。ロンドンでいつかレコーディングする日の予行練習だなーと思いつつ。

I had made the preparations for 18th Sep recording so hard. My aim was we could record the song as a live recording. But you know, it's so difficult that the arrangements were made meticulously. I did it by myself, it took 1 and half a day. And then I move to the studio and I and engineer Mr. Koyama worked together till night. In the next morning the sax player Max Alessandrini who is from Barcelona and Italy, the guitarist whose name is Youji, the bassist who is coach, and the drummer is Han-Kin, all men without Max are from Fukuoka. Anyway, I found myself that my arrangement was not for live recording but for multiplex recordings soon when it started. So I changed the plan. Sorry!! On the other hand, I speak double languages at the same time and translated...I think I'm not good at translating or coordinating. When I went to Europe, Mr. Snigel surely came to help me anything I wanted. I thank to him after such a long time! But I could it somehow while thinking today's Rec will be a rehearsal of my "London recordings" in time to come.

バンドも大変だったと思う。各自で準備してきたパターンは30分程度でボツ。んでアレンジ変更していい?なんて言われたのだから。エンジニアの小山さんは次々にその場で対応して変更してくださった。全員からいつ「このアマァ!いいかげんにせーよ!」と言われるかびくびくしていたのだけど、誰もそんなことは言わない。どうしてだか、逆に楽しそう。みんな快諾して対応してくれたのには頭が下がる。曲は『帰れソレントへ (from 宇宙)』。古いナポリ民謡を、ちょいと変えた!もちろん、ジャスラックには電話済み。

I reckon musicians felt very hard too. Of couse, engeneer Mr.Koyama felt the same way, I think. But they all have flexibility and worked so much with finding plesure. The song was "Torna a surriento from the space". You know, it is Neapolitan traditional song. I arranged it as the new version, and changed a title a little to "....from the space". Beacause, the imagination will be stretched, isn't it?

レコーディングが終わると、報道関係の取材が2本あり、映像の取材では準備していた曲とは別の曲を頼まれて、こちらもその場で急遽変更した。練習する時間はもちろんない。「ベストパフォーマンスをしたいから入念な準備をさせてさせて。待って待って。」と言ったって、サーフィンと一緒。すべては波。乗り遅れたら終わり。演奏しながら構成を考える(どういう図太い神経をしているのだ)。私がイレギュラーなやり方で歌い、一瞬ベースのコーチくんがびっくりしてまんまるお目目をしたけど、すぐに平然と対応。ドラマーもギターもサックスもえらい!ぱちぱちぱち。そんなこんなで、映像の取材も終了。

After the recording, we met a two news reporters. They requested another song except the song which we intended to play. But that's a small matter. OKOK! I said. I think music is the same as a surfing, If I let the big wave go, I never catch it. While I sing, I think how to play, how to finish(I'm tough). I sing it irregularly, soon Mr.coach's eyes became circle compleatly with a surprise but he kept his playing quietly.

でもでもまだ終わらない。世界激場の実行委員の聡さんが、イベントの取材もあって来てくれたり、スタジオのオーナーがやってきたり、名刺交換したり、キスしたり(日本人の集団はおそらくやってないだろうが)入り乱れてお祭りの状態。かなりにぎやかだった。長い一日。

It was the long day. Mr. Sou came to sutudio to meet news reporter. The studio owner came, too. For example, exchange the business and visiting card, kissing(I think Japanese didn't do it because we are typical and very shy without me). Max's girl friend whose name is Hajni who came from England and Hungary and Barcelona was with us all day in the studio. She is so beautiful blonde girl far from Yoko Ono. It was the long lovely day.

翌日は、友人たちと阿蘇山まで馬に乗りに行った。でもその道中で車に酔い、草むらでゲーゲー吐いてしまった。しばらく地面に寝てた。よっぽど疲れていたんだと思う。でも、昨日はほんとうによく働いたから、満足していた。

On the next day of the recording, we went to Mt.Aso with Hajni and Max. We had the horse riding. On the way to Mt.Aso I vomited, I was shocked. I think I was so tired. But I was satisfied with the last day's good work.

IMG_0070.jpgIMG_0074.jpg

組織を作ることは非常に難しい。いちばん難しい。富田勳のような才能があれば別だけど、私は普通の人だから、独りでは少しのことしかできない。組織を作るのには、相手との距離をちゃんととれないとまず無理。どちらかが支配したり支配されたり、乗り移ったり乗り移られたり、そうなっちゃうと無理。あと、どんなに小額でもお金にルーズだと、関係にヒビが入っちゃうからだめ(たぶんね)。著作権も含めた権利の問題、そして相手のスタイルを尊重しながらやれないと続かない。精神的に常に不安定な人間や被害妄想が強い人間は、かわいそうだなとは思うけど、どんなに才能があってもあまり長く一緒にシゴトができないのではないだろうか(もちろん、私だってたまに真っ暗な気分でいることはあるけど、そんなときはひとりでムーミン小説をこっそり読んでるわ!)。

I think it is the most important to form organization and find wonderful people. I can't get it by myself but with another people. If I associate with someone for getting something for instance "recordings", I should keep some good distance from him. Never control never be controled, never enter him never be enterd by him. Never matter of money, copyright, and so on in a slovenly way. If I have to play with not mental health people, I feel sorry but I will go with him regardless of his great talent, I think(Of couse sometime I feel blue but I feel better if I read the Mumin book).

大事なときだけでいいから、本音で話せること。本音を言ってくれる人間が中にいること。なおかつ、風通しが良く、新しい音楽や人間との出会いに対して興味があり、外に対して開かれていること。以上のような組織を作ることは、オリコン100位に常に入っているミュージシャンでもなかなか難しいのではないだろうか?って思う。でも、長く続けて行くためには、優れた仲間を見つける必要は絶対にあるのだろうと思う。仲間は、日本人でもいいし、どの国の人でもいいし。

Showing his true colors. It's OK it's not anytime but when we are in a great thing. Open minded, welcome new music new player, new friend. All that things are so difficult, you know? But I tried it and will try for my music. I don't care who he is or which language he speaks.

一緒に仕事をする人間に対して、ギャラはそんなに払えていない。ごめん。最大限、自分にできることはしてるつもりだけど。かといって、自分がブレイクした場合意味もなく大盤振る舞いをしたり、共産主義じゃあるまいし印税を分けるつもりは毛頭ない。ただ、自分が一緒に仕事をやってきた人間には、絶対に自分が売れたら仕事をたくさん回すだろうと思う。ああ、こういうのを捕らぬ狸の皮算用というのかもしれないけれど、他人の時間を使っている以上、お金以外で感謝を表現する方法はないと思っている。そこが、実は私にとって常に一番気になるところではある。だけど明日のお金を心配していては、精神がやせ細りいい曲も作れない。だからぜんぶ神様に任せることにする。とらぬ狸の皮算用の皮算用すら神様にまかせちゃえ。DIY(do it yourself)精神なんて、自分が苦しいだけ。ぜんぶ、神様まかせで(「いいかげん」ではない、これを「信仰」とよんでほしい)、明日の朝、さわやかに目を覚ますのだ。

Actually I have not so much guarantee for them. Sorry. But I do my best. Now I can just say if I get it I become a star, I promise I give a lot of work for them. You must say "Don't count your chickens before they are hatched". O.K. I will pray God... You may say "pray what?" I pray God for that... I never count chickens. But please, not me but God should count my chicken before they hatched! Don't call me rude or irresponsible woman. This is the real faith! To tell the truth, I hate D.I.Y.! I leave everything it all to God if I will be the world big star or not. I wonder I am Italiaish? Fine. I will get up the next morning early with no anxiety. Completely.
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2008年09月17日

ウルベニスタ

今日はタイトルを考えるのが面倒くさいので、自分で勝手に造語を作ってみました。みなさんは、元気ですか?私は、道を歩いていたら、クマバチが遠くから一目散に私にぶつかりそうなコースで飛んでくることに気がつきました。「どけどけどけー!」って言って飛んできます。私は恐怖半分、人間としてのプライドが半分で「あんたがどいてよ」と言ってみました(心の中で)。そしたらクマバチは「そっちこそ、どきなさいよー!」とゆずってくれません。あーもうすぐぶつかるー。あいてっ。私の左のほほに、クマバチはまともに当たりました。田んぼからとってきた土の固まりを小学校の帰り道で男の子にぶつけられた感じ(そんなことをしたらどうなるのか?詳しくはここhttp://minemaiko.sblo.jp/article/7291713.html)。話を戻せばですね、よたっと体勢を崩したクマバチは「きっ」とこちらをにらんで「あんたが憎い〜」と言うと大きく旋回して再び直線に暴走していきました。情けない。クマバチになめられるとは。以上、ぜんぶ現実に起きたことだけど、想像もミックスされています。

ミックスで思い出したけど、私はいまレコーディング中。その最中に、来客がイタリアとハンガリーから。スペインで一緒に演奏したミュージシャンが福岡までやってきたのであった。来てくれて嬉しいけど、本当に大変だと思うわけよ、重い楽器持ってさ。ありがとうね。めちゃめちゃ楽しい曲にしたる〜と強い喜びで吠えている私です。「Mine Maikoという名前は、アーティスティックな響きがするわ。」と言ってたので、これが日本語の名なのに彼らの耳にそう聞こえて伝わるなら、私は世界の人気者になるしかないのだ、がんばるのだ(それでいいのです)。ちょっと驚いたのが「僕の大学時代の先生は、ウンベルトエーコだったんだ。」と言ってたこと(ウンベルトエーコを知らない人はとりあえず『薔薇の名前』という映画を見てみよう!)。

ところでスペイン人ってどんな生活をしているの?ときけば、朝9時から働いて、午後にいっぺん家に帰って二度寝して(シエスタ)、夕方会社に戻って夜の8時頃まで働いて、それからライブを聴きに行ったり友だちと会ったり遊びに出掛けるから、夜ごはんは夜の11時過ぎで〜。就寝は夜中の2時。これが平均的な生活かな。とのこと。なんかの資格取得をめざして、夜は白いハチマキにロウソクを3本さして試験勉強とかはしなくていいのか?(キャリアアップという魔法の言葉にひかれて、日本では皆けっこう二宮金次郎みたいにがんばってるらしいぞ)。全身から太陽のにおいのするスペイン在住の皆さんが、豊かな老後を夢見て、今を無駄にするわけないですわね。そうっかー。同じ人生なら、できるだけたくさん遊ぶ方がいいにきまってる。というわけで、ご自身の人生や生活態度を変えたい皆さん、10/19(日)は世界激場に遊びに来てください。残りの人生は、遊ぼ、遊ぼ。
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2008年09月10日

オリンピックでぴっくぴく(つづき)

ある九州のテレビ、夕方のニュースでやってたのは、熊本県庁だったか市役所前だったかは聞き逃したけど、客待ちをするタクシーは5台しかエンジンを入れてはダメだというもの。あと5台までくればエンジンを入れてエアコンを入れてもよし。だってお客さんに暑い思いはさせられないから、というものだった。なんでも、車内は50度を越すから、運転手さんは外に出て木陰で待機する。5台前になってやっとこさ、車に戻ってエアコンをつけるという。これはやはり聞き逃したけど、熊本県か熊本市の方針で「温暖化対策」として推奨されているのだった。

ニュースを読む人は「かげでこんなドラマがあったんですね」「冬にはまた寒さと闘わなければならないんですね」なんて、美談にして悠長なことを言っている。取材をうけてる運転手も、これがまた人が良さそうで、熊本県だか熊本市の方針にすなおーに従ってる。

どうして誰もおこらないんだろう?運転手はストライキをするべきだと思うなあ。ふざけんなーとか言って。労働環境が悪すぎると思う。そもそも熊本のタクシー何台かがエンジンを切れば、世界の環境が良くなるなんて誰かが実証したのだろうか?夏の熱中症も、冬の肺炎もある。ビダンじゃなくてキケンだと私は思ったのだけど。

日本人がエコをやりだすと、戦時中みたいになっちゃう。国民総出で、そういう空気になちゃう気がする。嫌なことでも「我慢する」し「耐え忍ぶ」。そのうち、千人針みたいなもんも出てくるんじゃないか。発想は同じだと思う。一人一人の思いや祈りが、事態の改善や救済や奇跡に結びつくのである!というピュアな気持ち。

もう面倒くさいからみんなで死のうよ(笑)。エコのためにタクシーのおじさんが辛い思いをしなくてもいいよって思う。もともとmy箸を持参するタイプではなかったし(参照)http://minemaiko.sblo.jp/article/5500771.html こんなエコブームに嫌気がさして、こないだ人目を盗んで道にバックの中のキャンディーのゴミをぽいぽい捨てたら、牧歌的ななんだか懐かしい気持ちがしてほんっと楽しかったよ(笑)。

白い目でみられるからここらへんにしとくけど、さてさてオリンピックが終わっちゃった!もう時代はパラリンピックに移行している。そう、パラリンピックの開会式は明らかに手抜きだと思う。カラフルな「もじもじくん?」とんねるずの番組でやってたような全身タイツの格好で、誰が盛り上がる?本当に手抜きだよ。

その終わったオリンピックについてまだ言いたいことがあるんだけどね、あれの何が面白かったかというと、あれだけ一度に世界中の人間を一度に観察できることってなかなかない。英国のヒースロー空港もそういう意味ですごいと思ったことがあるけど、オリンピックはその比じゃないもの。

気がついたことを箇条書きにする。まずソフトボールの表彰式のあと。茶色のグラウンドにレモン色のソフトボールを2016の形に並べて「Back Softboll!」と日本、アメリカ、オーストラリアの女の子たちが声をそろえてマスコミに対してなんども叫んでた。それを見てううーこのセンスはすごく好きだと思ったね。女の子たちはこうでなくっちゃいけない。誰が思いついたんだろう、この政治的なセンスは日本人にはあまりないと思っていたら、アメリカの選手が思いついて全員でパフォーマンスをしたとのこと。参りました。女の子たちが集まるだけでもかわいかったし、アピールの仕方が的を得ていたと思う。

スウェーデンの男子レスリングのグレコローマンという選手が、3位をとったんだけど、表彰式で銅メダルをいったん受け取った後、メダルをその場に置いて退場した。なんでも審判の判定に不服があったらしい。これもすごいと思った。というのは、ちゃんと表彰式まで出て、返還するという行為。審判に不服があってその場で意義を唱えたのでは、誰も見向きもしない。審判に不服だったから表彰式には出ません、とすねるんじゃあ誰も見向きもしない。表彰式までわざわざ出て「いらん!」と言うことで、全世界に自分の考えを示せるわけよ。そこまで考えてはいなかったかもしれないけど、十分彼自身の憤りは世界に放送されたわけよ。うまいと思った。

でも、私ならいったんメダルを地面に置いた後、「なーんちゃって!ごめん。」と言ってベロなんて出しちゃったりしてちゃっかりメダルをもらいに戻るけどね。その国際オリンピック連盟IOCなんだけど、記者団を入れて記者会見の様子をテレビでやっていてそれが面白かった。IOCは報道の自由を、オリンピック開催にあたって中国側に約束させたにもかかわらず、実際に始まってみると、インターネットなどの規制がひどく行われていて、たとえばアクセスできないHPが多数あったらしい。記者さんにとってみれば、情報が手に入らなきゃシゴトもできないわけで。アムネスティインターナショナル(人権擁護団体、拷問や死刑に反対する)、チベット、ウイグル関連のサイトは閲覧禁止になっていただろうというのは想像にかたくない。でも実際に規制があると、記事をネットで本国に送るのに送れないこともあって困るんだと。

あるイギリス人記者がIOCに対して「あなたがたは見て見ぬ振りをしている。中国がIOCとの約束を守っていないのに(報道の自由を保障するという)、それで恥ずかしくはないのですか?」そのとき、おおーみんなが言いたかったことをついに言ってくれた!という会場の記者たちの興奮が、テレビでみていた私にも伝わった。次回の開催地がロンドンなので、その記者さんには危機感もあったのだと思う。するとIOCの人間が、彼女は美人なのだが(フランス人かな?)、目を「白黒白黒白黒白黒」とさせて、何も答えない。ずっと答えない。ずっと目を「白黒白黒白黒白黒」とさせ続けて「時間がなくなりましたので、次の質問に移ってください」と言った。すごい。そんなずうずうしさは私にはないなあと驚愕した。

時間がなくなったのは、彼女が目を「白黒白黒....(省略)」とさせてたからにほかならないけど、そのやりとりの緊張感は面白かったね。そしたら、会場から怒りが爆発して「答えろ!」「ちゃんと答えなさいよ!」などと各国のどなる記者。そしたら「中国側の人間としてわたしが」と、中国のIOCの関係者が変わりにマイクを握った。そんでひとこと。「(報道の自由は)そんな約束はしてません」がーん。すごい。そこまでしゃーしゃーと言うのかと驚いたね。呆れて静まる会場。その後で、ふと正気に戻った記者たちの批判の声がいっきに爆発。これも面白かった。ははは。

つまりオリンピック競技そのものを見てたんじゃなくて、どんな行動をとるかとか、態度とか発言とか、私はそんなのに夢中になってたようだ。

同じ日本人の女性として、なんとなく気になったのは、新体操団体や、シンクロの団体、女子サッカー。新体操団体はとくに、「呼吸を合わせるために」合宿を行っていて長期共同生活を送っていたというのを知り、気になっていた。合宿所で一緒に寝泊まりし食事をし、各自の部屋があるのにリビングで一緒にねてるという部屋の風景を見ていて、富山の女工哀史を思い出した。そもそも選手は痩せてるし、見ててつらくなった。24時間一緒にいたら、競技が揃うのか?それは嘘でしょうと思う。私だったら練習以外の時間は一人にしてくれと思う。

シンクロはコーチが海外に流出してて、上位チームのコーチは日本人だったらしい。つまりよっぽど日本のスポーツ連盟って居心地が悪いのかと思う。女子サッカーは「なでしこジャパン」という名称が嫌。でも「なで肩ジャパン」くらいしか対案は思いつきません。ただそれだけです。はい。

優秀な選手もいて、栄養やスポーツ科学的アプローチも間違っていないのだとすれば、何が間違っているのだろう。私だけが知っています。その理由は、日本のスポーツ界全体が、中学の部活動の精神の延長で成り立っているせい。大人になったり、恋をしたり、自我を持ったり、しっかりした意見をもったり、そんな普通の成長がのぞめないやり方でしかスポーツをしていない。もしくは、そんな精神的な成長をとげるスポーツ選手は、日本のスポーツ界とはどこか矛盾してしまう。そんな気がする。

こんなんじゃつまんないよ。先日、マスコミ勤務の女の子と昼ご飯を食べてて、大学時代のアルバイトの話題になり、その女の子は「えー。わたし絵のヌードモデルやってましたー。」とさらりと言ってて、それをきいて「しまった!私には人生でやり残したことがあった!」となんだかむしょうに後悔したもんね。ヌードモデルを自分がじゃあ本当にやりたいのか?というとそういうんじゃないけど、そういう「なんでもあり」な発想はあった方がいいと思う。真面目に生きたって、後悔すると思う。外はこんなに美しくて自由なのに!スペインのヒットソングで「平凡に生きるなんてまっぴらよ!」と歌唱力ばつぐんの子どもが歌う曲があって、それを口ずさみながら、別の曲をアレンジしているという器用な私でやんす。


オリンピックでぴっくぴく1
http://minemaiko.sblo.jp/article/18200850.html

オリンピックでぴっくぴく3
http://minemaiko.sblo.jp/article/35378650.html
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2008年09月03日

ジョージマイケルはゲイ

だ、ということを自分自身が告白した『素顔の告白』という映画で、ジョージマイケルは語る。「いちばん辛かったのは、母が死んだときで。」など。ほかに公然わいせつ罪で逮捕されて辛かったこととか(笑)ブッシュ批判をしてあちこちから叩かれたりときのこと。で、友人のマライヤキャリーや、オアシスや、スティングや、ボーイジョージやらが、彼について語る。ジョージマイケルはまっくらで、家に引きこもっている。友人のミュージシャンたちが「あいつを外にひっぱり出そうぜ」と、話している。

ミュージシャンは他の職業のようにまったく自由契約が認められておらず、契約の面でレコード会社の奴隷のようになってしまうことに対して彼は、疑問を持っていた。たとえば、スポーツ選手もフリーエージェント制は認められているにもかかわらず、ミュージシャンを取り巻く環境は、全く法整備が遅れているのが現状。そのことで、彼はSONYを訴えて裁判を起こしたりもしている。正直なゲイ、すごくまともな人だなーと思った。

ジョージマイケルは、「ラストクリスマス」で有名なワム!のボーカルだ。別に私はファンでもなんでもない。だが私がこの映画を通じて一番面白いと感じた、それは、登場人物が全員、ジョージマイケルの周囲の友人などで、彼らもジョージマイケルも「たいしたことは言わない」からなのだ。特別、聞いて有り難がるような高尚なこととか、難しいことは言わない。でもくだらないことも言わない。ただ、自分がなんでそう思うのか、それについては自分はこう考えてるんだよ、ということを、淡々と述べる。オチもなく、盛り上がりもない。ひたすら、自分の思考の経緯を整理しながら述べる。私はそこが、すごく面白いと思った。

そうなんだ。なにか特別なことがないと、いけないのだろうか?

私が自分の中にそういう傾向を常々感じるんだけど、すべての発言には、なにか新しい価値とか発見とか、なんらかの役に立つ情報が入っていないといけないような気がしてしまうが、じつはぜんぜんそんなことはないのだろう。自分の考えの「経緯」をきちんと伝える。それだけでいいのではなかろうか?本や新聞記事やドキュメンタリー番組でもそうだけど、なにか「特別な」ポイント(よくありがちなのが、長い下積み時代の話や、まあ病気と貧困の話が主となる)をもうけたがるが、そんなことはしなくていいのだと思う。

コンフェッション=告解というのが、キリスト教にはあって、そこでは神に対して自分の内面を語る。それをずっとやってきてると、あんな語り方ができるのではなかろうか?と思った。派手さもない、大げさでもない、照れもない、自己崩壊もない、思い違いもない、自意識過剰さもない、ただあたりまえのように自分を客観的に語る。それの影響が、彼らにはやはりあるんだろうなという気がした。やるじゃんジョージマイケル。

さて、ところで話は変わるけど。福田首相は、わりと私は好きだったので、辞任は残念。言ってることが、かなりまともな政治家だと思っていた。ただ、たまに主語を抜かすことがあるので、不用意にマスコミに誤解された向きがあるように思われた。私のごく近い人が先日、福田首相の部下から内閣の仕事の関係での電話があった。それをきいて、福田首相との会食会には絶対私もついて行こうと決めており、時計をまず買ったので、そういう意味でも残念だ。なんか、言ってることが自分でもむちゃくちゃなのは知ってる。でも、そういうむちゃくちゃなところが、自分のいいところなのだとも知っている。

さて、レコーディングだが、昨日は歌を入れた。前日から準備をしたけど、どうもピンとこない。こんな不安は初めてだった。スタジオに入っても、やはりうまくいかない。自分でも理由がわからない。音程が微妙に狂うのだ。録り直しが続く。録り直し、というよりも、死んでもう一回生まれ直します、そっちの方が早い、という気分だった。エンジニアで、山岸涼子の『アラベスク』に出てくるノンナの親友のアーシャの旦那さんでレニングラード交響楽団のフルート奏者のセルゲイにそっくりな小山さん(説明が長いけど)が気がついて、トラックの中でちょいと気持ち高めに音程をとって演奏している楽器を消音した。そしたら、やっといつもの自分の調子に戻ったのだった。

結論をいえば、たとえば同じドでも、ど真ん中のドではなく、ほんとうに微妙、やや高めにとって演奏し続けている楽器があって(もちろん意図的に、ある効果をねらって)、それにつられてしまっていた。自分で原因に早く気がつけなかったのは、これはまったく自分の愚かさなんだ。その楽器のプレイヤーはかなりの名手なので、生じる問題があるとしたら私の方に問題があるのだろうと、気の弱い私はすっかり思っちゃった。

ただ、そのことがあってから、自分の耳や感覚を絶対的に信じていいのだと思ったね。ブラジャー振り回してるだけじゃないんだよ(笑)。うまくいかないのには、ちゃんとした根拠がある。気のせいだとか、たまたま調子が悪いとか、歌に関してはそんなことは、まずないのだよ(私は風邪をひいても普通に歌えるんだし)。いろんな人間といろんな仕事をしながら、経験を積んでいくしかないのだろうとは思う。

なーんて、前向きで偉そうなことを言ったけど、とりあえずちゃんと歌ったら「ええっと、あとは小山さんにお願いしまーす!」と、スタコラサッサと帰ったのは、このわたしであります。夜ごはんは蜂蜜風味のマグロのフライだったし。なんでもかんでも自分で抱え込むのは、精神的によくないしね。聖書も言ってる。重荷は下ろすに限るからね!

ちょっとCMです。

週刊『フライデー』に影響されて書くようになった週刊『みねまいこ』は金曜日じゃなくて、毎週水曜日に更新中。
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2008年08月27日

神の啓示

今日は、ちょっと汚い内容なので、汚い話が苦手な方は全体的に読みとばすべし。

そのとき私は、神の啓示を感じた。でも、勘違いだった。なんとウォシュレットの水が頭上高くから私のこうべに注がれただけ!東北では、とても人には言えない。私はずっとトイレ掃除をしてました。場所は、この女性の家です。詳細は、こちらをご覧ください。たぶん、今年「いちばん書きたいことが多かった」出来事だった。
http://minemaiko.sblo.jp/article/10697775.html

トイレを掃除しているときに考えたのだけど、人間の思う汚いものの限界って、「うんち」関係ではないだろうか、とふと思った。でも、なんで汚いと思うのだろうか?腸にあるときには汚いとは誰も思わないのに。ふと、大学の授業で、「聖なるものと俗なるもの」についてやってたのを思い出す。宗教学だったけど、つまりは場所の移動によって、聖と俗は生じる。たとえば、トイレのスリッパはトイレにある限り汚くはないが、それがリビングにあれば汚いと思う。そうっかー。腸にあるときには汚くないが、外に排泄されると汚いと思うだけなんだー!そんな、わりと哲学的なことを考えながら、トイレ掃除をした。

このトイレはおそらく10年は、掃除していないだろうなー、でも、汚いと思う原因を宗教学的に解決したから、「へっちゃらほいほい」と思いつつ。だんだん頭が冴えてきて、どんどんアイデアが浮かぶ。ここの汚れは、こういう洗浄の仕方をしたらいいのでは?ふふふ!誰もこんなことは思いつくまい。よし、やってみよう。おお!大当たり!こんなトイレ掃除の方法を見いだすなんて、やっぱ大学院の博士課程まで出た人間は違う!と、自分自身を大絶賛しながら、うずくまって掃除をした。まあ、よほど切羽詰まって掃除をしたんだね。

で、間違って、ウォシュレットのボタンを押してしまい、頭上から水がふりそそいぎ、私は神の啓示!と錯覚。あほだね。「ビデ」のボタンを間違って押したんなら、私も女の子としてなんとなく救いがあった気もする。だが「おしり」の方のボタンを誤っておしてしまった。汚れまくったウォシュレットから吹き出し、ふりそそぐ水。昔受けた自分の洗礼式も思い出す。でもくそまみれで楽しかった。

ホテルにもどってからは、疲れて寝てた。ピアスを外そうとして、うまく力が入らず、洗面台でのところで流してしまった。フロントに言っても「配水管の中までは対応できません」とのこと。やばい。あれは私の一番高価な宝飾品「ミキモト」!(男に買わせた。どんな男かというと、詳しくはこちら)
http://minemaiko.sblo.jp/article/6676750.html

絶対に見つけ出したいと思って、配水管を開けてみた。やり方がわかんないなりに、外のカバーを外して、パイプを分解していった。そしたら中から出てくる出てくる。宿泊客の髪の毛が、たくさん!面倒くさいのでぜんぶつまんで捨てました(配水管はこれでけっこうきれいになったかな、って思う)。話は戻すけど、探しても探してもミキモトが出てこないわけ。諦めて、分解したのを元に戻して、何事もなかったかのようにカバーを閉めました。む、むなしい。

汚れちまった真珠を思い、泣きながら眠る。

翌朝出掛けた。夕方帰ってきた。がちゃり。部屋を開けるとメモが。「お客様へ ピアスが見つかりました。客室係」メモ用紙の上に、真珠が!あんなに嬉しかったことはない。諦めたものが帰ってくるって、これほどの喜びはない。さっそく、ホテルの向かいの三越デパートまで走っていって、お菓子を買って、フロントに頼んで客室係の人に届けた。フロントの人は恐縮して「これが(客室係の)仕事なんですから」と言ったけど、そういう問題じゃない。私は、自分であれだけ、汚い配水管を手を突っ込んで、パイプを逆さまにして振ったり、大量の客の髪の毛を素手で触りながら探し回ったんだよ!あれを、さらに奥深くまでやってくれたんだから、これはもう「参りました」。と思ったね。とにかく見つかって、本当に嬉しかった!真珠が?ミキモトが?うーん、どっちも!

どんな汚いものでも、へっちゃらになったぜい。ばかやろう。
(なんで、ばかやろうなのかは知らないけど)。
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2008年08月20日

オリンピックでぴっくぴく

よくわからないタイトルでごめんなさい。みねまい@移動中です。今週はいろんな場所に行っているので、滞在先からの更新となります。いま東北にいます。ビルの前に、まっしろな猫が一匹座っていて、動かないし誰も気に留めないので「置物かな?」と思って近づくと「生もの」でした。生きてた生きてた。東北の野良猫でした。かわいい。

さて。オリンピックの真っ最中。まるで戦争。戦況を知らせるかのようなニュースはそれ一色。つくづく思うことは、日本人は戦時中からなにもかわってないってこと。ぜったいに負けるだろう、メダル無理、っていう状況でも「奇跡を起こしましょう!じゅうぶん期待出来そうですね!魂を込めた一球!」なんじゃそりゃですよ。特攻隊精神じゃないのよ、それじゃ。その盲目的で単純な楽観がすごく怖い。

気がついたこといろいろ。まず、じゅーどー。なんじゃありゃ。日本人の女の子は、
どうしてブスなの。ほかの国の女の子は、金髪振り乱して技かけてる。あれじゃ、負けます。外見で負ける。私なら、じゅーどー着は、胸元をゆるめにあけて、帯は小粋な感じできゅっと結ぶね(じぶんで想像中)。でも、年頃の娘さんなんだろう、髪の毛だけは前髪らしき箇所をぴょこーんと結んでる。そこだけ女なんだろうな。つまり!中学時代の校則が柔道界は大人になっても続くんだな、きっと。で、せめてもの女らしさということで、前髪だけ女のこして、結んでるんだね、きっと。校則のなかで、ワンポイントのソックスのそのワンポイントにこだわってたのと同じ。かわいそうに!!!日本のじゅーどーは間違っている。はっきり申し上げて。

じゅーどーだけじゃないよ、ほかの競技も、みててつらい。もっとおしゃれしなよ、ブランドもんを着なよ、どうしてそんなジャージなのと思う。たぶん、監督やらなんやら、協会やらが、そんなちゃらちゃらしたらゆるさないのではないかな?と思う。上下関係もふくめて、中学の部活動がそのまま大人になりオリンピックにいくだけだ。そう思いません?

びっくりしたのが、マラソン。試合以前にみんな故障してたんじゃん。ぜったいにどこか間違っていると思う。練習し過ぎ。滅私奉公的スポーツ。大間違いだと思う。ドイツにはびっくりした。北京入りする前に、環境の似てる福岡や熊本に滞在する選手は多かったけど、ドイツチームの水泳は、日本文化を練習の合間に学んでいった。着物の着付けとか。そんなの、日本チームはぜったいしていまい。過去のどのオリンピックでも。つまり余裕がないわけよ。競技しかないわけ、人生で。それでいいわけ?勝てばいいかもしれないけど、そんなんで本当にいいわけ?いいわけないっしょ。着物の着付け学んで過ごす人に、勝てる訳がない。タイムで一回かてたとしても、なんか大幅に負けてると思うなあ。くやしいなー。

そんなことを考えつつオリンピックを見ていたら、面白い。

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2008年08月13日

さよなら国語

こんにちは。アイドル志望のみねまいこです。最初の1段落は心の嘆きなので、鬱陶しいかと思います。読み飛ばして、2段落目から読むといいかと存じます。かしこ。

数日間、家族の都合もあって、福岡から高知に行ってた。あまりに遠いので、ダウン。外はよさこい祭りの太鼓の音がする。それを聞きながら、旅館でずっと寝てて、結局、観光はできなかった。春先に怪我をしたのは頸椎捻挫だったのだけど、この怪我はたちが悪い。ずっと苦しむ。外傷もなく一見、元気そうなのだが、本人はまるでこんなかんじ。「二日酔いで頭がガンガン吐き気もひどいのに、温水プールに沈められてもがいている、なおかつ水中で首をだれかに絞められている」というような体調。こうとしか言いようがない。元気に無理矢理飛び跳ねて活動していれば、「元気そうじゃない」と人から言われて、こっちは「ちがーう、無理矢理がんばってんの!人が見てないと死んでるの!」と言いたいが、面倒くさいので「そうそう、元気元気」と答えてしまう。わざわざ自分から「具合悪いんです」と自己申告するのもかっこわるいしなあー、というところだ。私のようにむち打ちという怪我の後遺症で苦しむ人は山ほどいるだろうけど、「理解されない苦しみ」という失望感を、毎日どこかで、ちょびちょび味わっている。

(鬱陶しくないバージョンここから)
先週から今週にかけて、高知に行ってきました。よさこい祭りの真っ最中。高知は、鰹のたたきがおいしくて、人は親切で、最高!高知最高!よさこい祭りのポスターをみながら思ったのは、女性の祭りだということ。ネジリハチマキにハッピきて赤い口紅でカチカチしゃもじみたいなのを鳴らす。もちろん男性も踊るそうなのだけど、女性が主役。つまり、いわゆる典型的な男尊女卑の日本的な祭りとは違うのだ。博多の山笠の時期に、男性がふんどし姿で偉そうに街をふんぞり返ってしかも集団でしかも偉そうにふんぞり返ってどうでもいい形のお尻を丸出しにしてしかも偉そうに(表現があちこち重複しちゃった)歩いているなんて、あり得ない街。女が当然のように元気に走り回っていた。かわいい!なんでも、高知県は女性が強くて、女性差別なんてものはないとのこと。小さい頃から、女性が当然のようにして、のびのびと生きられる街は、すばらしいと単純にそう思えた。若い女性はみな漫画家の西原理恵子さんに顔が似てて、年配の女性はみな西原理恵子さんのお母さんに顔が似ていた。男性は陰が薄くて、視野に入らなかった(これ本当)。宵越しの金は持たない主義の県民性らしく、ギャンブル場がけっこうあったのも印象的だった。

さてさて、オリンピックが始まった。ここまでやるか?と思わせるほどの開会式では孔子の論語の引用があって、思わず涙(泣)。中国人が論語を読むと、やっぱかっこいい。現代の中国人の姿を通して、その向こうに素朴な言葉で本質を語る高貴な孔子の姿が見えるようだった。私が孔子の佇まいを勝手に想像しただけだけど。鳥肌がたった。つまり、めろめろに感動してしまったのだ。自分が日本語の話者として、究極的には漢文をやんないと、ダメなんじゃないか?と思うことがある(森鴎外も夏目漱石も非常に豊かな漢文の素地があったと知ってとくにそう思った)。高校ではくだんない国語の問題を全部やめて「漢文で作文」するテスト形式にした方がいいと思う。

そう。国語。大学入試の国語は、ひどすぎる、とつねづね思ってきた。そんなひどい国語を6年間予備校で教えたことがあるのだから、私はもっとひどいやつなのだ。6年間も教えたのでどんな大学の入試でも(ほぼ)全問正解する自信がある。それでもまったく大学入試の国語はひどい。記述式はまだいい。しかし空欄補充問題というのがある。虫食い状態になっている空欄に正しい単語を補って、完全な文章にするのだ。100%正解するノウハウを私は知っているけど、今日は割愛ね。で、それで文章力がつくかといえば、ぜったいつかない。不毛すぎると思いながら教えて、そしてその不毛さで飯を食っていた。うーん。

現代文も古文も漢文も全部、テストは作文形式にするといいなと思っていた。漢文は発音が難しいだろうから、古文だけなら日本文学専攻の学生だけでも、口頭試験があっても面白い。古文で作文をし、漢文で作文をする。そのためには文法を学ばないと書けない、過去の人たちの文章を読めないと自分でも書けない、でも昔の人の言葉で、いまの自分の気持ちを表現してみるって楽しいだろうな、と思う。でも、そんな手間のかかる入試は誰もやらないだろう。私も自分が大学教員や大学入試センターの職員なら、そんな面倒なことやりたくない(笑)。でも、日本語の表現能力は、飛躍的に豊かになる気がするのだがなあ。大学入試の国語がすべて作文形式になることを願っている。SF的近未来に。

国語やら小論文やらを予備校で教えながら、大学院を卒業して、その間もずっと音楽活動を続けてきたのだけれど(思い出し泣きが出来るほどあまりにも大変だった)、どうやらそんな生活も終えるときがきたようだ。

6年間、あまりいい予備校講師だったとは言えないと思う。初めは授業がヘタだったし、どんな人間にも相性があるから仕方がないといえばそうだけど、私以外の人間が教えた方がよかったね、ごめんなさいという気持ちでいっぱいになったこともある。中には高すぎる目標を設定しがちな人もいて(やればできる、なんて簡単に人はいうけど、やってもできない人は確実にいる)、その気持ちはわからないでもないから「がんばろうね」と安易な言葉をかけて、現実を直視させなかったり自分も直視しなかったり、とにかくうつろな気分で日々やり過ごしたこともあるし。

やっぱ無理なもんは無理。それでも大学にもぐり込むために、推薦入試とかAO入試とか、二次試験が小論文だけどか。学力のない人にそんな手段が有効だと気がついて、私の全精力は小論文にシフトした。で、これがけっこううまくできて、難関私大にでもかるーく通すことができるようになった。某外語大の二次で小論が100点満点で合格した人も出たね。そのうち小論文の問題を学部別に自分で作るようになって、小論文の参考書を出版社の人に書くように勧められて、なんか「ああ、やったぞ」と。でも、それだけだ。

これまで少しは私は誰かの役にたったのだろうか?と、ぼんやり考えていた。すると、偶然に数年前国語を教えた女の子から連絡があって、なにげなく話をしていた。「わたし、予備校のシゴト、やめるんだ。」と私が言うと、彼女が「へー。いままで国語を習った中で、一番面白かったよ」と言う。「まさか!」と言うと「授業中にみねまいが『国語のテストは基本的にくだらないから、こんなくだらないことに時間を費やすよりは、ほかのもっと大切なことに時間を使ってください。くだらないことなのに、真面目に取り組んでまともに挫折して、なんてそんな馬鹿なはなしがあっちゃいけない。簡単でちょろい方法は私が教えるから。ただ、国語の入試というのは、くだらないことが本当にあるんだ、ということをわからせてくれるだけでも、価値があるとは思ってます』って言ったよ。最近人生もそんなもんなのかもなーと、ふと考えたりするよ。くだんないことを、いかに簡単にすませちゃうか?ってのは、けっこう大事な知恵なんだと思う。国語と同じだよ。」とのこと。

その子もちょっとヘンだけど、私もちょっとヘンだったな(笑)。自分が昔言ったことが、何年もして自分のところに戻って来て、少ししんみりとしてしまった。

楽しかったことは、冗談の通じる子には「あんた、私の言うことをきかないと、授業中、あんただけ嘘の解答を教えて頭の中をぐちゃぐちゃに混乱させて、大学に落ちてもらうよ!」と脅迫したり(笑)、暑いと「アイスクリーム買って来て」と生徒に小遣いを渡してみんなでアイス食べながら授業したり、寒いと「肉まん買って来て」とお金を渡してみんなで肉まん食べながら授業したり、『おしゃれの日』というのを設けてめちゃめちゃおしゃれしてなおかつ集中して勉強するんだ、これで集中力が備わるんだ(笑)。その日着物を着てくる女の子とか、高校時代のセーラー服を着てくる子とか、これまたかわいい!私はたしか、ハクション大魔王に出てくるあくびちゃんの格好をして行きました(笑)。他には、やる気がなくって(←わたしが)、一人数枚ずつ配布するべきプリントを「今日のプリントは、木の棒を積み上げて遊ぶジェンカと一緒だから。がんばって崩さないようにとってください!」とか言って、複雑に重ねて、みんなびびってそうーっととっていったりとか(笑)。そんなもん。

自分が誰かの役に立ったか?自分が誰かの役に立ったかはわからないけれど、まったく役に立ってないのではなかろうかと不安に思うのだけど、だからこれで勘弁してくれとはいえないだろうか?じつはひとりひとりの顔を覚えているのだ。ぜったいに忘れないのだ。見たらわかる、という程度の記憶だし、名前は思い出せない人の方が多いけど.....通算1000人以上の人の前で講義したのではないかと思う。ちなみに、読んだ問題の文章は年間で300本は下らない、こっちも全部覚えてるんだな、これが。吐き気がするくらいに日本語の文章を読んだのだった(たいていは文章がヘタだったから)。こっちはすぐに忘れることにしよう(笑)。

自分や自分の家族を養ってくれて、なおかつわたしに音楽を続けさせてくれた予備校の仕事は、感謝しかない。それを終えて、もうあとはアイドルになるしかないわね!と、キムヨンジャさんの書いた料理本『パッと韓国ごはん』より「おいしいナムルの作り方」を読みながら今夜考えていた。
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2008年08月06日

世界激場インタビュー〜HILLSIDE〜

以下、『HILLSIDE』というフリーペーパーに収録される「世界激場」に関するインタビューの、完全版です(『HILLSIDE』には編集されて掲載される予定)。許可を得て、週刊『みねまいこ』に転用、掲載します。
Q:聡氏(編集長、聞き手)A:みねまいこ

Q:まず、「世界激場」を開催するに至った経緯を、みねさんサイドの視点で話していただけますか?聡から「パンクバンドの後に講演があるようなイヴェントやりませんか?」というかなりいい加減なメールが最初に来たそうですが。

A:ははは(笑)まず、聡さんの音楽を聴いて、そのあと少し話をしてみたごく初期の段階で「こいつバカじゃないな」という印象を彼に持ちました。たしか私が発作的に「あのー彼女とかいますかー?」と、恋愛事件を起こすことを期待した質問をしたのですが、聡さんはすぐさま丁重にお断りになりまして(笑)。その後、メールやミーティングなどでコミュニケーションをとっていくうちに、音楽以外の話の方が多かったもしれない、なんでもいいから言葉をとにかくたくさん並べていった。その中から、世界激場でやりたいこととのビジョンが生まれて、逆にやりたくないことがはっきりした。やりたいことというのは、高い公共性があること。つまり音楽を一部の人たちや好事家だけのものでなく、陽のあたる社会に出して、そこで問いかけて、社会から審判を受けること。音楽をとりまく状況がつまんないと思っていたのは私だけじゃなくて、じゃあ面白くするにはどうすべ?と考えました。逆にやりたくないことは、仲良しグループ的なイベントになること。友だちなんかいなくていいよ、全世界全員が敵(笑)!

Q:みねさんの音楽性をざっくり言えばニューウェイヴっぽい要素もあるアーティなポップ、一方でTARJEELINGはハードコアな打ち込みパンクと、音楽的には隔たりがあるようにも思えますが、両者の間に共通する点は何だとお思いですか(音楽的な事に限らなくても結構です)。

A:言葉が過剰なことかもしれません。音楽における歌詞の重要性でも、共通している気がします。

Q:「世界激場」は福岡のインディーシーンの閉鎖的な現状に対するカウンターという側面もあるそうですが、具体的にインディーシーンの閉塞感を感じる局面など、思いつく事例があればお答え頂けますか。

A:自分が福岡のインディーシーンに属していると思ったことはありませんが、インディーシーンの閉塞感というのは、福岡以外でもそうかもしれません、ライブを聴きにくるある一定の客層の分母があって(彼らの職業はおそらく普通の会社員などではない気がします。残業のない職業なのではないでしょうか?そして独身でしょう。家族がいたらライブなどなかなか観に行けません)、そんな一定の分母の客がいる中でいかに自分のバンドが多く客を取り込んでのし上がって行けるか、みたいなこと。一般的に、女の子のおっかけを作って、そのおっかけがさらに友だちを連れてくる、観客動員数が増えて、東京デビューというストーリーかな、と思うのですが。まあ、人気になる仕組みはホストの世界みたいなもん(笑)。たぶんね。かわいがられるキャラとかイケ面とかそうじゃないミュージシャンは、これは苦戦を強いられますね。とはいえ、なかなかライブハウスに出入りしたことのない客を、あらたに動員するというのは至難の技なのです。音楽だけではありません。ネットで宣伝すればなんとかなるのでは?的な「ネット神話」や「口コミ」みたいな熱がとりあえず冷めたいま、どの業界も、状況が厳しく宣伝費をそんなにかけられない。たとえいいものを作っていたとしても、いかにそれを出会ったことのない誰かに伝えるか?で頭を悩ませています。それで、勝負師である私としては、音楽性が高くて、なおかつインディーシーンから半端じゃなくはみ出している人を意図的に集めてみたかった。ちなみに倉地さんが出演してくださるのはボーナスが出た!と思っています。

Q:佐野元春は「社会へのコミットメントはロックンロールの本質である」という名言を残しています。これは社会的な活動を直接行なういかんにかかわらず、ロックンロール音楽は個人と社会との間に生じる様々なフリクションが反映されるものだ、と言う意味だと思いますが、みねさんはご自身の音楽活動に社会との関わり はどれくらい重要な位置を占めていると思われますか。

A:佐野元春さんは、おそらく政治の季節の匂いを深く覚えていらっしゃるか、リアルタイムで経験なさったか。そのどちらかの体験をふまえてこの名言が出て来た印象をもっています。つまり、音楽が政治的な力を持ち得た頃のこと。ベトナム戦争や人種主義への抗議とロックが幸福な結婚をしたアメリカのウッドストックでもいいし、新宿西口のフォークゲリラでもいいし。でも、私は物心ついた頃には、3才だったと思うけど、日曜日デパートの屋上のピンクレディー大会で歌って踊って、まあなんと今も変わらないではないか!(笑)優勝をかっさらってました。そう、きらびやかな80年代はすぐそこにありました。ずっと体制に疑問を覚えたり、確かな正義が存在するよりかは、「自分が豊かである限りは、誰も不平不満を言わない社会」で育ち生きてきました。儲かる体制であれば、それでいいのです。そんな経済至上主義的な中で、社会にコミットメントするって、非常に難しいことなだと思います。社会というのは、今ではすっかりイコール経済活動オンリーなわけですから。だから、そのことを痛烈に自覚しつつ、そんな社会のまっただ中で、なおかつそれを歌にする、ということが求められていると思っています。鍼に糸を通すような作業だと思う...。でも社会を無視して、私に男と女の密室のような歌を作らせたら「心中しようね(ハート)!」くらいしか歌えないので(笑)。私にとって社会や時代というのは、音楽の前提に位置すると思います。

Q:社会的な接点を求めようとする音楽家やイヴェントに対するありがちな批判として、「そんなに社会と関わりたいのなら音楽なんかやめて実際の社会運動に関わればいいじゃないか」というものがあります。この意見は一面的である一方ある種正論でもあると思うのですが、こういう意見はみねさんはどう思われますか。ま た、ご自分のやっている事が社会運動でなく音楽である必然は何だと思いますか。

A:社会運動は党大会や党派集会や決起集会がめんどうくさい。同じ意味で、小説は半年とか一年がかりとか、絵も映画もそう、時間がかかる。でも音楽なら、3分でかたがつく(笑)。しかも音楽は移動ができる。どこに行って歌ってもいい。才能はおいといて、だから音楽を選んだ側面が私にはある。いやいや、私は基本的に政治的センスの資質がないと思っています。ただ、音楽で大衆を動員することはできる。それは政治的センスといえばそうなのですが、組織の中で自分の発言がどういう効果があるか?冷静に計算できるような意味での政治的センスがないのです。古代は巫女がいて神に仕えて、そばで弟が政治をやっていたらしい。私はどっちかというと毎日憑依とかやってる巫女の方が役に合ってる。楽しそう(笑)。あと、社会と積極的にコミットする音楽家を非難する声もわからないでもないですが、いろんな才能を同時に持つ人もいる。東欧の国だったけど、なにかの際に議員で議会に立てこもった際、元ピアニストで議員をやってる人がずっと中でピアノを弾いていたと聞いたことがあるし。プラハの春では、反体制のリーダー的、象徴的存在として、マルタ●クビショバというアイドルが歌いながら政治的な活動も行いました。旧東ドイツのフィギアスケート選手のカタリーナ●ビットは壁崩壊後に「花はどこへ行った」をバックに真っ赤なコスチュームで演技をしました。氷の上に本当に赤い花が咲いたように見えました。数えればきりがないけど、自分のいろんな才能を捨てないで大事に伸ばす方がいいと思ってます。何やったっていんです。音楽だけとか社会運動だけとか、ストイックになる必要はまったくない!オランダのゴッホが売れて以降、そういうストイックな芸術観が流布してしまったのだと思っています。ずっと昔から、絵でも音楽でも、どうやったら自分が売れるか?ということは誰もが悩んできたわけですが、ゴッホ以降に、芸術のみに身を捧げ、それこそが芸術だ、みたいな自己犠牲的芸術観が誕生したのだと私は考えています。それは嘘だとはっきり申し上げます。だってゴッホは....話が長くなるからまた別の機会に。

Q:今回メインのトークセッションをされる紙屋高雪さんは漫画評論家である一方、左翼として現実の社会運動にも関わっている方ですが、今回最終的に紙屋さんに決定するにあたってその事はどの位影響しましたか?

A:いまタイムリーな問題である、若者と雇用問題についてとか、格差社会であるとか、貧困とか、そういうことに触れたかったのですが、音楽イベントでそれをやることに意味があると思っていました。彼が適任だと思ったのは、もちろん彼の漫画評論が面白かったのもあるのですが、労働問題を一番得意とするのはやはり左翼の人たちで、それらについて語らせたらちょっと誰も追いつかない(笑)。本当は、私も含めて客が曇りなき眼で現在の日本がどうなっとるのか?を鳥瞰的に見通すためには、じつは企業家も招くべきだとは思っていました。今回は間に合いませんが、いずれは、元西武グループの代表である辻井喬氏もお招きして、トークセッション&ライヴをしてみたい。

Q:今回のバンドサイドの出演者のうち、主催者を除いた2組―倉地久美夫さんとオオクボTさんについては、みねさん自身はどのように評価されていますか。

A:倉地さんは、NHKの「詩のボクシング大会」をテレビでたまたま見ていて、天才だと思った。音楽もそのとき少し流れて、それもすごくよかった。オオクボTさんはもしアメリカの黒人に生まれていたら、全米でもめちゃめちゃ人気のある黒人教会の伝道師になったと思う(これは私ではなく、某新聞社の記者によるコメントなのですが)。そんな空想をさせるほど、場違いな空気がどこかある方だと思う。そこが、好きです。

Q:現在製作中だというセカンドアルバムについて質問させて下さい。まず、進行状況はいかがですか?発売は「世界激場」開催に間に合いそうですか?

A:じつは昨年に完成しているはずでしたが、中断。仕切り直し後、じつは昨日2曲めのレコーディングに入ったばかりです。「大本営発表女」になりかけてて、やばいのです(笑)。昨年は、いろんな人間が私にからんできて、身動きできなくなったので、いったん作るのをやめたわけです。他にも理由はありますが、単に心身が脆弱だったのでしょう。その後、完全に人間関係を整理しました。いまでは友だちが世界に3人くらいになっちゃってねー(泣)。ははは。「世界激場」に間に合うかはわからないのですが、その片鱗はせめてお見せできるようにしたい。

Q:ファースト「転位のための十曲」発表から3年が過ぎていますが、この3年の間にみねさんの音楽的嗜好・ソングライティングの方向性などは大きく変わりましたか。それとも前作の延長線上に新作が上がって来そうですか。

A:基本的に変わっていません。成長もありません。身長は数センチ伸びたのに....(関係ないか)。

Q:最後に、「世界激場」で達成したい事、このイヴェントの後にこうなったらいいと思う事(ご自身の事でも、周囲やシーンの事でも結構です)があればお教え下さい。

A:達成したいことは、とりあえず満員御礼でしたが、思いのほか反響と規模が大きくなっているため、会場に客が入りきれるかどうか、そこが心配。小さいことだけど、会場までの道中、会場でも、そして帰り道、お客さんたちが快適に安全に過ごせるようにと、それだけを祈っています。

〜以上、転用掲載、終わり。

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2008年07月30日

タイトル思いつかん

こんばんは。いろんな局面で、勘のいいみねまいです。今日は、タイトルだけでなくて、中身も思いつきません。それでも、書いてみます。

今週は、ある夜に焼き鳥屋に行きました。名前は迷惑かもしれないと思うので出しませんが、ある作家に会いに(というか、サインをもらいに)行きました。ご夫婦でいらしていたのだけど、はなしの流れで、彼女の方にわたしがその晩していた時計を見せる機会がありました。右手の時計を外して、ハンカチできゅっとふいてから彼女に渡したのよ。それでも、夏のこの暑さで出た汗やなにか油とかよくわからないけど、そんなのが革ベルト(薄いピンク色)にしみ込んでるんだろうな、気持ちが悪いかもしれない、どどどどど、どうしよう。という気後れがあったわけです。それだったけど、彼女は別になにも気にする様子はなく、汗やら分泌物やらがしみ込んだ革ベルトにふれて、私の時計をまじまじと見ていたので、それが妙に嬉しかったのでした。(私は、こんな優しい女性が好きなのだ。)

もうずいぶんまえになるけれど、右手の手のひらの皮膚がぼろぼろにはげていたことがあったのよ。もともと皮膚が薄い上に、洗剤でまけたり、プールの塩素にまけたり、料理したり、治る時間がなくてぼろぼろのままでずいぶんたってやっと治ったのだけど。皮膚病というのは総じて見た目が派手なのだ。他人に感染させる根拠はないのに、見たとたん恐怖を感じさせるところがある。ぎょっとされたことも多かった。でもいつだったか東京タワーのてっぺんで、バイオリンのKARA(from京都)が、ぼろぼろにはげた右手の皮膚に「はよ治るといいなー」と言いながら、スーッとさわったのだった。なんかのまじないか?と一瞬思ったが、違うのだ。優しいのだな、と思った。

経験的に思うのは、いい医者というのは、それが直接完治に関わらずとも、患部を触られるだけでも、患者はなんらかの癒しを感じるのだ、ということをわかってる医者のような気がする。

先日、MRIを撮影した際の、医師は面白かった。「これは現在、世界最高の聴診器です!」と言って、私の心臓の音を聴かせてくれた。そうかあ。医者は聴診器に凝るしかないのか。白衣に凝ってもしょうがないものね。最近私が通っていた弁護士は、万年筆に凝っていて、神聖なる儀式のように記録していた。インクも毎回色を変えてくる。ちょっと笑っちゃったけど。ギタリストがギターを何本も持ってるようなものだわ。でね、その聴診器は、心臓のメモリにダイヤルを回すと心臓。肺にダイヤルを回すと肺。両方同時に聴くこともできる。それが、すさまじい音だったのよ。心臓はかっこいいバスドラム、肺は嵐が丘に吹きすさぶ風。わ。こんな音楽があったのか!と。でもねえ。いま気がついたけど、ある意味「お医者さんごっこ」だったかもしれないね!健全だったけど。わははは。

友人がいて、女の子だけど、悲惨すぎてどうすることもできないような経験を話してくれたことがあって。私、あまりのショックで、自分でもどうしてかはわからないけど、発作的に笑い出してしまった。その女の子は、ぽかんとしてたけど、そのうち本気で怒りだして「ちょっとーやめてよー笑わないでよー」と私を非難した後、一緒に笑い出したのだけど。ふつーそこで笑います?とは、言われた。私がとったのは、なんといいましょうか。場違いな対応(笑)。たまに、そういうことをしてしまう。たぶん、半分、意図的なんだ。でもそれは、どうしてなんだろう?一緒に泣くべき場面で、どうして笑ってしまうのだろう。自分でもよくわからない。

「幸せにおなり。」としか言えないんだもん。そして、そっちが泣いてるのなら、じゃあこっちは笑おうかと考えてるんだと思う。相手の苦しみを理解しようと思ったら、自分も五右衛門風呂で煮られるとか(なんじゃそりゃ)、そんなことになると思うから。私の場合、自己犠牲によってしか、それができないから、逆走する。それで、笑っちゃうんだろうな。失礼なやつだな。あと、自分にできるのは、必要とされたときに、相手に触れることなんだろうなあ、と思う。

癒しというのは、以前に癒し系音楽がはやったときに「ぜんぜん効かなーい。まいこちっとも癒されなーい。」と心の中でヤンキー座りしていたけど、癒しとしての音楽ということを、ちょいと考えたりもしている。ま、私の場合、照れ隠し半分で、場違いなもんを、創作するかもしれないけど。でもたまには、素直に。
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