2010年05月12日

Ivo Pogorelich

という男がいて、怪演ともいうべきピアノを弾くのだが、それはそれはいい男だった。そして危ない男が私は好きだ。今日言いたいことは、この2言だけだ。

開演前にアナウンスが流れて「本日、休憩はありません」とのこと。悲鳴に近い観客の声が一斉にあがる。結局ぶっ通しで3時間。途中で脱落者が次々に帰っていった。この人の演奏を嫌いな人は、大嫌いだと思う。でも、彼の音は、すばらしかったし、ショックだった。リストもショパンもラベルも、みんなみんな現代音楽に聴こえる。一音一音の響きを響かせたい様子。曲の起承転結、紆余曲折のような流れと展開は、彼の一音一音の響きの、深い底に沈んでしまった。曲の全体の構成は、目を凝らしてもよく見えない。なるほど「ふふふふふ。僕がぜんぶ、新しく編曲しておいてあげたからね(はーと)。」という、ノリなのかもしれない。

演奏が終わると、立ち上がり、グランドピアノをもくもくと片付け始めて、椅子をもとにもどして、観客の笑いを誘っていた。ああ、「アンコールはないよ」ってことね。こっちも、もういいよ、休憩なしで3時間はきつかった。

回転ドアをくぐると、立ち止まる。こんな演奏を聴いた後で、どうやって家路につけるのだろう。どうやって今まで通りの生活が、平和に送れるのだろう。ふらふらになりながら、まっすぐ家に帰れそうにない。酒だ、酒だ。というわけで、毎日新聞ビルの最上階のホテルのバーに行く(日本語がヘンなわけではなく、建築構造がヘンなの)。でも、あまり飲めずにお酒は残して(興奮状態のあまりウォッカを注文してしまったので、当然といえば当然)、生ハムメロンと、紅茶を追加でがぶがぶ飲んで、妙な組み合わせで胃がへんになり、やっぱりふらふらと外へ出て、川を見る。中洲の川だった。中洲のネオンは本物よりも、ゆらゆらと川に映っている方がきれいだと思った。

話を元に戻す。あんな演奏を聴いた後で、どうやって普通の生活が送れるというのだろう。

無理だね。

だから、早く早く一刻一秒を争って、ここを出なければなりません。どんどん先へ行かねばなりません。結局のところ自分の正直な気持を、捨てては生きられません。だから、そのように自分が思った通りに、何かをしなければなりません。自分の願望を認めなくてはなりません。自分の願望こそを、強く強く意識しなくてはなりません。


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2010年05月05日

やけくそフラメンコ

この連休は、スペインから来ているフラメンコ歌手とフラメンコギタリストに歌を習っていた。自分にとって何かプラスになるからと思ったのだが、結論を言えば、特に何も得るものはなかった(気がする)。結局のところ、私は何も教えたくも教わりたくもないのだ。こっちで勝手に、誰かの中に光るものを見つけて、勝手に真似をすることが好き。

しかし、ただひとつ、面白かったのは、フラメンコは基本的に舞踏のための歌なので、決めるところは決めないといけないのだが、他ははっきりいって、好き勝手。だから、先生も毎回毎回、フレージングが違う。それに合わせて、ギタリストがコードも合わせる。これじゃあ、どんな古い曲も完成していないのと同じ。3小節増えたり(なぜ奇数)、24小節増えたりもして、毎回違う。キープされるのは、一瞬一瞬のリズムだけ。

修練とは、「繰り返し」や「形」をともなって初めて成立する。ジプシーの音楽は、それが不可能なのだ、気分次第で曲は有形の物体のように伸び縮みして行くのだから。

みんな勝手だな。みんな完成しないで、通り過ぎてゆくんだな。ある日、風が吹いて、足下に砂埃が立って、人生を悟り、詩人か歌手か踊り子か酔っぱらいになる(人生の選択肢が4つくらいしかない)。13歳くらいで結婚して労働して、健康に気をつかう日本人よりは、はるかに早く死んでいく。何ひとつ完成させないんだ。そもそも面倒くさいんだ。美しいものを作るって、自分を作って死ぬってこと。フラメンコの楽曲は、そんな「やけくそさ」が目前に見えるようだった。

歌いながら、ああ。私は腹がたってしょうがない。学ぶとか、吸収するとか、プラスになるからとか、そんなのバカな野郎がやることだ。そして私は、大バカ野郎だ!やめた、やめた!そう思っているうちに、ゴールデンウィークの午後、歌っていたビルの外に夏が来た。暑い。マエストロ(先生)は、シャツのボタンをあけ過ぎで、こっちはぜんぜん興味がない胸毛だけだけでなくておヘソも見えそうだから、見せないで。

この野郎、この野郎。この怒りはどこから来るのだろう。怒りの理由は、自分が「非論理的」なことをほざいているときは、自分が突っ走っていて楽しいのだが、相手に「非論理的」なことをほざかれると、ムカつくのだ(フラメンコのリズムは数学みたいに、計算が複雑なので、超論理といえば超論理的なんだけど、超論理ってのは非論理みたいなものだ)。

12拍子やら、見たことのないような拍子やら、スペイン語と英語で、頭が異様な働き方をしてオーバーヒートし、みねまいこ、ぷっつんと切れてぶっ倒れる。ギタリストはブラジルのイエス像のように姿勢を崩さず、隣でダイエットコーラをがぶがぶ飲んでる。そんで、思ったね。くっそー。非論理とやけくそさを競うなら、あんたらジプシーには負けないのに。と思いながら4時間が経過。サッカー用語でいえば、「自分のフィールドでプレイする」ことが最後までゆるされずに、試合終了。

まったく知らない音楽と出会ったゴールデンウィークでした。あー、わたしはむちゃくちゃな音楽が好きだ。

この人たちの音楽は、馬がそばにいる気配がする。しかも1頭だけじゃない。数頭とか、たまに5頭の馬が、20本の足を元気に動かして走っていく。そんな音(リズム)がする。だから大好きだ。コノヤロー(最後まで、おこってる 笑)。

こめじるし。ジプシーよりも、ロマという呼び方が望ましいけども、彼らが自ら「ジプシーの音楽」と言っていたので、今日は大きな愛情と敬意をこめてこの呼称をつかいます。
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2010年04月28日

本がでました

本が出ました(アメリカ文学の専門書です)。私は21人いる執筆者のうちの1人です。
http://www.bookmailclub.com/bmc/reader/search/?.command=detail&book_id=11024&prev=released
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2010年04月21日

中世のFocus

今日は、いつも以上に、おおざっぱな話をしてみたい。ヒエロニムス・ボスの絵がある。去年マドリードで見た絵だ。タイトルは「快楽の園」だったと思う。誰もが感銘を受けるように、私にとってもまた、強い印象を受けた。
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一方で先日、北九州美術館の売店でこんなものを見つけて、つい買ってしまった。約5000円なり。昼ご飯はレストランではなく、ビスケットになってしまった。むむう。
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ボスの上の絵の一部(さあ、どこにあるかな?)をキャラ化し拡大して、オランダの会社がハンドメイドでフィギュアにしたものだ。フィギュアに興味はないのだけど「鳥が青い宇宙服を着て、頭に鍋か、やかんをかぶり、人間を食べている途中」そんなレアなフィギュアには興味があったのだった。

ボスは、ご存知のように1450頃〜1516のオランダ、フランドル派の画家。彼についての研究書は世界に山のようにあるだろう、にもかかわらず、敢えて私が確認したいのは、中世の視点についてだ。絵の中のすべてに焦点が当たっている。それはどうしてなのだろうか?という疑問だ。人を食う鳥も、卵人間も、細かいひとつひとつに、ピントが合っている気がする。

一方で近代絵画は、この北九州美術館で見つけたフィギュアのようだ。全体のうちのどこかひとつが拡大されている。そんな視点だ。絵のタイトルの付け方にも、きっとそんなピンポイントの視点が如実に出ている。また「主題+背景」そんなふうにシンプルな構図のような気がする。全体を見るのではなく、ひとつだけに注目して、掘り下げていくというような。ときに内面の奥深くにまで。近代以降、主体や個人の内面が生まれたと、いろんな人がいろんなところで言っているのを、繰り返して言ってもいいのだけど…。

絵のことは(も)よくわからない。でも、この視点の違いを目の当たりにして、近代以降、人間の視覚に、何度強調しても強調しすぎることはないくらい、大きな変化が起きたことだけはわかる。

内面といえば、中世の人たちの内面は、まるでわからない。この絵からは、感情がよく見えない。中世じゃないけど、もっとはるか昔の聖書を読んでも同じ印象をうける。表面的なこと、宮殿の幅が何キュピトあったとか、町に何人の敵がやってきて何人殺したとか、全部燃やし尽くすのに何日かかったとか、何代目の王が何日目にどうしたとか。決して「王は〜と思った」「王は〜と感じた」なんていう表現は出てこない。むしろ数などの表面的なディーテールにこだわる(そして私はそんな乾いた感じが好きだ)。そして、とんでもない数の人間があまり感情を見せないで出てくる。

やがて、放っておいても時代が変わるだろう。近代が終わった終わったと言われてずいぶん経つけど、やっぱりまだ近代で、それでも本当に近代が去ったあと、昔は物を知らずバカだったよね。と、思われる日も来るにちがいない。でも、そんな先のことなんて知ったこっちゃないし、今の時代が嫌いじゃない。

そんなふうにボスの中世と、知ったこっちゃない未来を思ったときに、近代の最大の特色というのは、自画像じゃないだろうか、と思うに至った。歴史上、自画像をたくさん描いた時代は、近代以外にない気がする。よくわからないけれど、古い昔の自画像というものを見たことがない。デューラーくらいだ。

ああ、だから中世の歴史家の阿部謹也はデューラーの自画像を特別に論じていたのかもしれない。晩年は私が粗相をやらかして(お漏らししたわけではない)、怒られて、そのまま会ってもらえなくなってしまったけども、出会って最初の頃の牧歌的な日々に「鏡をみなさい」とよく言われた。鏡で自分を常に見るように、と。意味がわからなかったし、ある種の自己愛のようなものからは遠ざかりたかったので、私はまったく言うことをきかなかったけども、こうやって考えてみると、自画像のことを言っていたのだ。

近代の最後の腐敗した時代に生きている以上、腐敗の中から立ち上がる近代人として、私も近代のテーマを最後まで意識的にやらなきゃダメなんだと今頃になって気がつく。巨大な自画像を描くような喜び。本当は自画像の季節は過ぎ去り、ボスの、見えるものすべてに焦点が合う視点の方が、リアリティと魅力を覚えるとしてもね。

今日は何が言いたいんだか、わかりにくいような、思わせぶりなことを書いてしまった。つまり、近代の自画像のような自己を見つめる焦点と、ボスのような全体への焦点が、ある日同時に、両立すればいいわけ。
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2010年04月14日

宇宙飛行士、学級委員長説

晩に電話が鳴って、友人の声。ハイテンションで「サプラーイズ!」と叫んでいた。何がサプライズなのだろうと不審に思い電話をきる。夜中、とり忘れた夕刊を玄関にとりに行くと、郵便受けに、花がブッ刺してあった。このような日本語はあまり品が良くないけど、本当にブッ刺してあって、手紙には「mixiのコミュで4/9のライブ情報をたよりに彼氏と会場に行ったら、みねまいこはいない、なんと1年前のライブの情報だったことに気づいた。このライブへ行くテンションをどこへ向けてよいかわからないわ!」という、つまり1年、時間を間違ったという主旨が書かれてあった。読んで、ぽかん。うちの家の前まで来たなら、彼氏さんと二人上がってお茶でも飲んで行けば良かったのに…とまあ最近いちばん面白い出来事だった(申し訳ない気持ちと同時に)。元気で面白い女たちは、元気で面白いから最高だ!

さて、宇宙飛行士の話題が多い。宇宙の話題は、大本営発表ではないけれど、どこか嘘のニュースを流されている気がいつもする。「未来や、宇宙への希望」を語るニュースって、本当なのだろうか?宇宙に行ったら、単なる真っ暗闇がつづくだけで、希望もへったくれもない、何もないところなんじゃないだろうか。地球の未来は、暗い宇宙に本当にあるのだろうか。地球から離れて、人類にいったいどんな希望があるというのだろうか。そんな疑念が湧く。地球は美人もいるし、ブスもいる、バカもいるし、めちゃくちゃな髪型の人もいるし、花もある。海も陸も、大間の黒マグロもすごいんだ、ぜ、と。

もう一つの疑念は「宇宙飛行士、学級委員長説」だ。この言葉は、今私が作ったんだけども、彼らのインタビューを聞くところ、皆エリートなんだけど、破綻のないエリートで、どうも学級委員長の言っている話にしか聞こえない。宇宙船のリーダーとなるべく、選別されてきたのだから、先進国の学級委員長(的資質の人達)がNASAに集まってしまうのだろうけど、それで、科学は進歩するのだろうか(宇宙船で、琴や尺八などの日本の座敷芸やってどうするんだ!別にいいんだけどね)?科学って、『昆虫記』のファーブル先生のような、マッドな人間がマッドな実験をやって、進歩してきたんだろ。クリーンな学級委員長には無理。

もう、2010年に、飽きてきました。早く、年末のクリスマスになるといい。

今月末に本が出ます(たぶん)。また、お知らせします。
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2010年04月08日

鯨と犬

1ヶ月ずっと休みがなかったので、昨日から今日の午後までは、心行くままゆっくりしていた。会社から抜けて出て来てくれた友人と待ち合わせてカレーライスを食べに行く。シーシェパードの話題になり、彼女の意見を聞く。ふむふむ。私は「調査捕鯨船の妨害をするのがシーシェパードで、だったらシーシェパードを妨害する船を…『シーブルドッグ』と名付けて一緒にやりませんか?『シー土佐犬』でもいいです」と提案したら、すごくウケてくださったので、やってみてもいいかもしんないよ。

今週は仙台にいた。知人の老婦人の納骨式だった。あんなに二人楽しかったのに、あっけなかった。もう涙は出ないが、死んだらどこに行くのだろうなあ。と、不思議に思った。

ある小説家の方と先日、飲んでいた。死んだらどこに行くか?と話していた。他の同席者の方が、生まれる前と同じだ、と。生まれる前は自分が経験してきたことのはずで、それと同じ経験を死ぬときにもするのではないか?と言った。小説家の方の発言は、表現の一個一個が輝いているので、要約が難しく、再現不可能だ。私は死後のことは考えてもわからないので、「土葬がいい。微生物がゆっくりと分解してくれる。」などと、ピントの外れた意見を述べてみたりした。

結論。死後は、はてな。

そう、「はてな」なんだ。死後は「青い空に白い雲の大きなはてなが浮かぶ」気がしたから、POST CAPITALという曲を作ったんだけど、やっとその曲のレコーディングの大詰めを迎えている(と、やっとここで話が飛ぶ)。とにかくこの曲は、難曲だ。誰が作ったんだ。すみません、自分の能力を越えた曲だ。でも、ちょっとやってみる。

鯨の肉も、犬の肉も、きっとお腹が減ったなら、美味しくいただきます。
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2010年03月31日

沖縄国際アジア音楽祭

「総評」
すばらしい音楽祭でした!そしてあまりにも大規模。福岡ではMUSIC CITY天神なる音楽イベントがありますが、それを上回る規模の、県単位のイベントでした。なのに、ひとりの若い女性が実行委員会のトップに立って、ものすごい人数のスタッフが組織されていたこと。しかも彼女はずっと私のようなストリートの出演者とも、これまで数ヶ月にわたり何度も個人的にメールで打ち合わせを行ってきたわけです。いったいどうやって全体の仕事も、細かい仕事も、同時にこなしたのか?まず、そこにびっくりしました。そして、その他のスタッフの方々の歓迎ムードと、組織的な優秀さにも驚きました。要約すると、みなさんお祭りに対する集中力がすごい。だから私は、音楽で頑張ります!

というわけで、がんばった結果がこれだよ。翌日3/29の朝刊『沖縄タイムス』に写真が載りました!(一番右が、あなたの町の、みねまいこ)

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「3/27那覇空港」
3/27に空港に着きました。飛行機を降りていきなり垂れ幕が。別の場所には、ガラス張りの空港の3階から2階部分まで垂れ下がった、もっと大きな垂れ幕も。思わず撮影しました(今回は、カメラマン同行です)。

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夕ご飯に、伊勢エビのお味噌汁と、ハリセンボン(アバサー)の唐揚げと、海ぶどうを公設市場でいただいたら、ホテルに帰って早く寝ました。明日は3ステージあるからです。ぐー。

「3/28 くもじspot 14:05」
晴れです。昨日の寒さが嘘のよう。午後2時05分。国際通りのくもじspotで歌い始めます。通行人が多いけども、立ち止まって聴く人は少なし。その方が、燃えるぜい。

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途中で電気が来なくなって、音が止まるというトラブルがあったり、スピーカーの片側からしか音が聴こえなくなるなどのピンチもあったけども、スタッフの方はよくしてくださいました。個人的には、昨年ニューオリンズの路上で修行した経験が生きたのか、ぜんぜん気にならない。ただ、気になったのはねえ。

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キ印のおじちゃんが近寄ってきて、私にコーチを始めたことです!その方はポロシャツのポケットに2本、「うまか棒」をさしていて、それだけで十分やばい(笑)という感じだったけど、歌いながらふと思い出したことは、そう。沖縄は日本で一番、精神病院の数が少ないのです。地域で見守る、というやり方で、病院に閉じ込めたりしないのです。それは、良いことだし、すごいことだと思います。そして知っています。こういうタイプのキ印の人は、絶対に他人に触れたりしないのです。距離を保ったまま「キ印」でいるんだよ。

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初めはちょっとびびってた私。目が助けを呼ぶ。しかし、歌いながら、よく聞けば、そのおじちゃんの言うことが、的を得てるわけ。「疲れたら、顔がこわくなる!スマーイル!そう!その顔!いいよー!スマーイル!OK!かーわいー!」(コーチを受けて、私も一生懸命応じている)「よーし、よーし、今、良い声が出た!よくやった!すごい!OK、OK!いただきました!あ、ダメ。スマーイル。そうそう。かーわいー!OK!」(コーチに褒められてちょっとうれしい私)それで、その後20分間ずっと、コーチの指示に従って、歌い続けました。私の歌が終わると「持ってかえりたーい」と言ったけど、やっぱり何も危害を加えずに、霞のようにどこかへ消えて行きました。
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キ印の人は、異能者に近い気がする。今思えば、このコーチの出現は、私にとって何かの予兆でした。

くもじspotでの演奏の後、疲れをとるために、散歩(じっとしてなさい)。路地で、黄色い猫と「長男」と書いたTシャツの、「那覇の一休さん」みたいな少年に出会いました。彼に話しかけて、人生相談にのっていただくことに。触っても手を洗う場所がないよなーと思ったので、手の甲で猫をなでたのでした。自分の都合のよいときだけ動物を可愛がる、みねまいです。

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「まつおstage 16:35」
私の前の台湾から来たというCheshire Cat柴郡猫(猫という漢字は難しい方の字)さんは、とてもよい演奏でした。透明感のある声のギターの弾き語りは、嫌いな人はいないんじゃないかな。日本語のMCが上手い。私は中国語でも日本語でも、あんなさりげないMCはできない。感心してしまいました。

私が歌い始めたら、なぜか人が遠巻きに(笑)。どこか良い雰囲気のある日本人のお客さんと、外国人ののお客さんと、その他、国籍不明のお客さんが、立ち止まって見ておられた気がします。
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そんでさ。特筆すべき点は、まつおstageのPAさんが優秀で、とんでもないセンスだったの。一度私のいるステージの中で小さな音の宇宙を作って、その後で、外側の拡大する宇宙に(国際通り)音を伸ばしていくような、そんなイメージの音作りだと思いました。だから、私は演奏だけに集中できるので、これまた良い音しか出ない。狙った音、狙った音、すべてが意図したように当たっていました。この最近の3年間のうちで、このステージは、ベストパフォーマンスでした。だから、このステージを見た方は、ラッキーです。
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ちなみにCDもよく売れました。生まれて初めて、白い真新しい色紙にサインを頼まれたのですが、サインなどこれまでいつもただ名前を書くだけだったので、色紙にそれでは見栄えが悪かろうと、即席でデザインして書きました。今後も、この日、アドリブで大胆に作ったなんちゃってサインを使っていきたいと思います(魚とハートが入っています)。
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私の次に演奏された、岡村聡士さんのバンドは、すさまじく上手でした。うちのバンドもそれくらいに鍛えて、今度は一緒に連れて来たい。だから鍛えよう。そのためには…と、鬼のようなアイデアを次々と考えながら、夕食をとりに行きました。この日の夕食は、戦後すぐから、ずっとやっている老舗のステーキ屋に移動しました。沖縄スタイルのステーキでした(食べるのにいそがしい、写真なし)。

「ファイナルステージ 20:00頃」
県庁の前の広場に大きなステージがあり、その裏手にある、控え室へ通されました。野外の控え室はテントなんだけど、その中でいろいろなミュージシャンとお話。伊藤水季ちゃんという女の子とお話しました。ロスからきたPaul Datehさん(バイオリン)と、サポートギターの方とは英語で。みねまい、にわかバイリンガルに変装(変身)です。他にもいろいろな国から出演者は来ていました。

ステージではムードのある多和田えみさんと、爽快なSOUTHさんと、All Japan Goithさんらが爆発的な演奏を繰り広げました。基本的に管楽器は大好きなので、Goithさんらの演奏では、控え室を抜け出して、ひとりぼっちで音楽に合わせて私はステージの裏でわーわー、飛び跳ねていました。そうしたら、スタッフの方が「これから、ファイナルステージの打ち合わせをしますよ!みねさん、控え室に入って下さーい」と声を掛けてくれました。この暗がりの中で、名指しで注意を受ける私ってどうよ…(笑)と反省しつつ、「はーい!」と返事をして…。

曲は忌野清志郎さんの『雨上がりの夜空に』。ステージに上がります。この沖縄国際アジア音楽祭のフィナーレを飾るにふさわしい。みねまいこさん!と名前を呼ばれて、はい!と、手を振りながら登場。全員が上がったところで、安里副知事からのご挨拶。琉球王国の時代、色んな国と交易をしながら、平和に暮らした沖縄は、世界中からミュージシャンを呼んで、音楽を通じて世界に平和を発信するのにふさわしい場所だ。という内容の話で、とても心のこもったよいスピーチでした。

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で、音楽がはじまりました!熱唱します。みねまいこ、脇役のはずなのに、目立っています。ただのバカです。ひたすら歌います。ドレスは、Yohji Yamamoto
でした。友禅染めの麻のドレスです。サイズがあまりに小さくて、誰も入らず、売れ残っていたのを、リーズナブルにゲットしたものです。本来は非常に高価だし、色の出方や、カッティング、縫い目のリズム感、全てがすばらしい、天才が作ったドレス。

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左右に揺れています。
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これで、みねまいこの出来上がりです。
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おしまい(最初の『沖縄タイムス』の記事にもどる)。

「深夜の部」
疲れたけども、このくらい疲れてちょうどいいのです。私はいつもエネルギーが有り余っているのです。そして、沖縄民謡を聴きに行きました。「島思い」というお店へ。彼女はあまりにもお美しい方でした。名人、大城美佐子さんの歌に涙し、プロの三線の弾き手でなおかつ、三線を作っていらっしゃる知念氏から、直々に三線を習ったのだけど、「お誕生日の歌(ハッピバースデー)」と、「僕の名前はやんぼー。僕の名前はまーぼー。二人合わせてヤンマーだー。」のCMの2曲を課題曲とし、それらをわずか10分で弾けるよう、ご指導くださいました。面白かった(笑)。

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左の固まりは、真剣に練習中のみねまいこ。

お店におられたお客さんの数人が「あ、今日国際通りで歌っていましたよね?」と気がづいて声を掛けてくださったのには、照れる気持ちがしました。深夜を過ぎて、またさらにお客が多くなったので、そろそろ引き上げることに(沖縄の方々は、いつ眠っておられるのでしょうか)。

すばらしい、沖縄国際アジア音楽祭でした。
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2010年03月24日

おしらせ3ケ

こんにちは。不況に強い、みねまいこです。
さて、みっつお知らせを。

いつも私の曲のアレンジをしてくださっている(私のライブでは、彼女がバイオリンを弾いているのも絶対にみたことがあるはず)サクラダがおりますが、彼女の楽曲が坂本龍一さんのラジオでON AIRされました。興味のある方はこちら。Podcastで視聴可能です。M-9です。

もうひとつのお知らせはくどいけど、週末に沖縄でライブをやります。
28(日)の午後、国際通りを通りかかったら、声をかけてちょうだいな。出演時間はこちら。公式ホームページはこちら。2ステージ、計13〜14曲です。屋内で有名な方々が有料で演奏します。私は野外で、野ざらしで歌います。無料です。

で。3ケ目は、急遽、沖縄国際アジア音楽祭のフィナーレのステージに追加出演することになりました。

同じく3月28日(日)の18:00〜20:00のKENMINHIROBA Stage(県民広場ステージ)にて、多和田えみ、SOUTH、AllJapanGoithさんらの演奏の後で、安里カツ子沖縄県副知事の挨拶があって、そのあと一緒にいろいろな出演者と、19:45頃かな、みねまいこも、ステージに上がります(名前を呼ばれて手を振る)。そんで全員で「雨上がりの夜空に」を大熱唱して、この県民参加型の沖縄国際アジア音楽祭が閉幕する予定です!(しかしまだ、屋内の各ステージの演奏は夜遅くまでつづきます!とりあえず、ここで集合的な閉会式をここでやっておくだけです)

「いつか言いたいことを言えるから、今言わなくても次がある」と思ったりしたら、永遠に言えるチャンスは来ないのよ。そのまま死んじゃうんだろ。だから、毎回毎回どんな形でもいいから、思い立ったが吉日。何でも良いから動いておいた方がいいと思う。以上、遺言でした。

さて、今日はバンドのリハーサルでした(写真はクリックして拡大してみてください、なんだかよくわかんないくらいに拡大されます)。

ベースの古庄氏。
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ドラムのMOGI氏(今日は1時間ちょっと前にスタジオ入りした私が勝ったと思ったら、2時間前にとっくに入ってやがった。今日も負けた。)
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ギターのゆうじさんを撮影しようと思いましたが、あれれ?過ぎ去ってしまいました。左=ゆうじさん、中央=MOGIさん、右=みねまいこ
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いろんな意味でもうちょっとでハイ・レベルになると思うんだけど、今はまだ、なまけてはなりません!!

それでは、沖縄国際アジア音楽祭に行って参ります。
posted by minemai at 00:20| Comment(0) | 日記

2010年03月17日

ちくたく筑豊

友人から、原稿の依頼があって、持つべきものは仕事を見つけてきてくれる友人だなと思ったのもつかの間。うまく書けない。やるならきちんとやりたい。私にあるのは、行動力だけだ。よし。取材だ!というわけで、1時間半をかけて、福岡市内から筑豊へ行く。

十代の数年間、ここで過ごして、ジャズバーで修行して、女の子と暮らして、頭のてっぺんから足の先までファッションに溺れて、着替えまくって、映画ざんまいだった場所。

レコードとCDをしこたま借りて自分の部屋で大音量でかけて、一緒に大声で歌う。私にとって、それだけしかやってこなかった筑豊だ。以上を要約したら「バカ女」って感じだ。ふふん。

筑豊の風景写真を撮ってみるけど、あまりぴんとこない。もう、あのときのパッションは、そこには無いのだ。なんか、それだけを確かめに行ったようなものだった。

たしかに、正しい。小林秀雄がどこかで言ってたけど、20代前半で考えたことが、その後の一生のテーマになるということは。

だけどね。行ってみてわかったことは、もうそこにはないんだってえの。建物も、風景も、まるで同じで、たいした発展もなければ、逆にスラム街になったわけでもない。風景はまるで変わらないけどもう、私はそこには何も関係がなくなっていた。

そんで、わたし川向こうから、「おーい」と叫んだ。やみくもに「おーい」って。船を見送るみたいにしてね。自分がいなくなった風景に、叫んだんだと思うんだよね。挨拶でもするべか、って。家族がそばにいたら「そんな恥ずかしいことはやめなさい!」って怒られるだろうけども、誰も止める人はいないのさ。けけけ。

でもそのときだけは、パッションを感じたんだよね。自分の声が、物理的に風景に届いたからだろうね。

きっと、言いたいことや歌いたいことは、自分の中で「終わっていないこと」なんだろうなって思う。一方で、自分の中で「完全に、終わってしまうこと」というものがある。そして終わったことに、言葉も歌も何も見つけてくることはできない、本当に何もないんだ。

香春岳はあいかわらず、顎関節症のようにぽっかりと口を開けたまま、遠ざかる風景の中で、国道沿いの黄色い菜の花が、嬉しそうに手を振った。

さて、ちょっとコマーシャル。

もうすぐ沖縄で歌うんだ。沖縄は楽しみだ。

今日は自分のことばかり書いたので、みなさんのことも書きましょう。それは無理なので、本の引用を贈りましょう。

野ねずみは目を片手でこすりこすり云いました。
「はい。ここらのものは病気になるとみんな先生のおうちの床下にはいって療(なお)すのでございます。」
「すると療(なお)るのか。」
「はい。からだ中とても血のまわりがよくなって大へんいい気持ですぐに療(なお)る方もあればうちへ帰ってから療(なお)る方もあります。」
「ああそうか、おれのセロの音がごうごうとひびくと、それがあんまの代りになっておまえたちの病気がなおるというのか。よし、わかったよ。やってやろう。」
ゴーシュはちょっとギウギウと糸を合わせてそれからいきなりのねずみのこどもをつまんでセロの孔(あな)から中へ入れてしまいました。

宮沢賢治「セロ弾きのゴーシュ」より

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2010年03月10日

パッショネート

今日は、ひとつ仕事を終えてわんわんわんという気持ちで、外へでた(猫がすきだけども)。さて、雪だった。丸い形がひとつひとつ、仲良く手をつなぐようにして、横にふき流れていった。

久しぶりに映画を観た。いや、先週も映画を観てたっけ。映画の無料招待券が、毎月たくさん届くとうれしいのに。

さて、今日観た映画は13年かけて、愛する映画を完成させた男の話だった。最後のせりふはこうだ。「公開することよりも、完成させることが映画には大事なんだ。」

ふと、パッショネート。という言葉が浮かんだ。何が一番好きかっていうと、愛でも平和でも希望でもなくって、パッションってのが私はいい。

情熱を失ったら、私はただの泥人形だ。

『日本橋』っていう日本映画があったって。1930年代のフィルムで、もう紛失したんだって。それを淀川氏が観たことがあるって。淀川氏、「パッショネートな女が」って言ってた。

パッショネートな女がいて、彼女に財産もぜんぶ身ぐるみはがされた男が、熊の毛皮を着てるんだって。もうそれしか着るものがなくなったって。夜中女を殺そうとやってくるんだって。パッショネートな女は「ぎゃ」と言うんだけど、しまいに女が気迫で勝っちゃって、「やい、金太郎だい。やれすすめ!」と言って、女は着物の前ははだけて素っ裸。熊の毛皮のおとこの背中に乗っかって、男はやっぱり言いなり。背中に乗られてうなだれてるんだって。

すごい映画があったもんだ。1930年代の日本人って、いったい何を考えてたんだ。『ホテルニューハンプシャー』にも、熊の着ぐるみを着た女がでてたけど、そんなの目じゃない、あんなのジェリービーンズだ、ガキだ、ガキ(そういえば、ジェリービーンズは私は好きだった、ごめんなさい、ジェリービーンズ)。しかし『日本橋』ときたら1930年代の映画だものね。男が熊で、女が金太郎だよ。ちょっと違うよ。

パッショーネート。

知人が(金髪の美女)、彼氏と(私の友人のラテン系。ラテン系とガテン系はどうして言葉がにているの)別れて、友人は落ち込み、ぐずぐずしたメールが来る。

どしたの。金髪の美女はチョウチョなんだよ。飛んでいったのだから、あなたもどこか遠くに行ってしまいなさい。なんて、これを聞いてもどこの誰もまるで慰められないような励ましの言葉を私はかける。

またラテン友人から連絡がきて、金髪の美女は、新しい国で新しい男とあっというまに(1ヶ月未満ね)らぶらぶなんだって。自分のブログに、新しい彼との蜜月の写真を大公開。「落ち込むこともあるけれど、日溜まりはいつも自分の心の中にあるものよ」と、世界に向かって数カ国語で教訓も書いてあった。魔女の宅急便のコピーかと思ったよ。

文化人類学者に問いたい。研究対象は、飲料水を気にしなければならないフィールドにいかずとも、こんな身近なところにあるんだって。過去の男との写真を公開し、今の男との写真を公開し、「がんばらなくっちゃ。日溜まりは...」と言っているの、そのテンションこそが、研究しつくされなければなんないの。

私は、その女をあまりパッショネートな女だとは思わないけども、はあ(ただ、なんとなくためいき)。

映画の帰り、上記のようなことを考えながら外食をしていたら、スーツケースをがたがたいわせた男が店にはいってきて、客は私ひとりだったけども、目の前でコリアンエアのタグ付きのスーツケースを開けて、衣類がいっぱい。そこからレントゲン写真みたいなものを取り出した。この店で個展をするみたい。

私の勘違い。レントゲン写真じゃなかった。ふつうの写真。「これ、あげます」と言って、自分の写真集をくれた。商売もんをもらっちゃあ、と思ったけど、受け取った。

そのカメラマンは日本語がおぼつかなかったので、ああ、じゃあ英語でと私が気をきかせたら、カメラマン「英語はわからない、やめて!カタカナでしゃべって!」と言った。それは哲学的難問だ。

つつがなく、日付は更新された。
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2010年03月03日

ファッションを語る(2)

洋服は好きだ。肉体改造そのものが好きな人もいるだろうが、洋服は肉体の上に、再び肉体のフォルムを創ることができるからだ。そして洋服を着ている人が歩いた後に残る、衣擦れのような気配も好きだ(でも、そういう人とすれ違うってのは、なかなか難しい)。

今まで、1人をのぞいて誰にも言わないでだまっていたのだけども、私は20歳くらいの頃、女の子と恋愛をしていて、一緒に暮らしたことがある。でも、同性愛っていうんじゃなくて(肉体的にどうとかもなく)、それでも私は彼女と結婚しようと本気で思っていたんだ。結婚の意味もよくわかっていなかった、ただのバカだと思うけど、長崎に新婚旅行に行く計画を立てたんだよね(福岡から長崎に新婚旅行に行くっていうのが、なんか一生懸命だったかも)。

で、彼女と出会うまえは、私はただの人だったんだけど、その彼女が異様に美人で異様にセンスが良かったので、ミヤケイッセイやヨウジヤマモトやコムデギャルソン、その他。あらゆる店に連れて行ってくれて、全身改造してくれたというわけ(それ以前は無印良品を全身着ているような、無頓着なコだった)。優しくてお金持ちの女の子で、いろいろ買ってくれたり、彼女が着ない服をゆずってくれたりしたっけ。

喧嘩をして彼女と別居して以降、すっかり私は考える人になってしまった。彼女の助けなしに一人で、世界で一番素敵な洋服を探す旅に出た。

つづく。

「沖縄に行くのなら、この日行こうよ。」
(勝手に、頼まれていないけど観光大使としてPRをつくってみた)
http://www.minemai.com/live.html
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2010年02月24日

ファッションを語る(1)

こんにちは。まずは宣伝から。
3/28(日)は、沖縄の那覇市、国際通りの野外ステージでライブをします。通りかかったら、来て下さい。
http://www.minemai.com/live.html


さて最近、ちょっと動揺してしまったことがある。オリンピックで、アイスダンスの課題で「民族」をテーマに踊るというものがあったわけだけど、このテーマはいったい誰が何を考えて、誰が出したのだろう?頭が悪いんじゃないだろうか。誰が喜ぶのだろう。うん、きっと審査員が喜ぶのだろう。意地悪い言い方をすれば、先進国が民族という名のもとに後進国の姿を、その表面的なエキゾチックさを見て、喜んでいるんじゃないの。「民族」に対する独自の解釈をしたチームもいたけれども、基本的になにか嫌な気分が残った。

ロシアチームのアボリジニの民族衣装は、アボリジニから抗議されていたことは知っていたけども、アボリジニ的なモチーフを使うことで、彼らはいったい何を表現したかったのか?私がアボリジニのとある酋長だったら(彼らのルールで女は酋長になれるのかしらないけど)、やっぱり怒るんじゃないだろうか。私たちの姿は、あなたがたのように格好悪くない!と言って。

格好が悪い。そう、その一言に尽きる。格好悪い格好は、格好が悪いからすべきじゃない。その点、日本の代表選手の「着物」は後味が悪い。ロシアチームがアボリジニをやる、というのには、無知ゆえの残酷さがあったけども、日本チームが日本をあのように表現することは、まじめな話、やっちゃいけないんだよ。それが西洋の審査員が気に入りそうな、解り易い日本だったとしても、媚びちゃいけない。

ミンストレルショーという悲しいショーがアメリカにある。黒人を戯画的に描く歌あり踊りありの舞台で、顔をラッツアンドスター(だっけ?)のように黒くし、そしておもしろおかしく黒人を表現し、目をぎょろぎょろさせる。それを白人が見て喜ぶ。その際、黒人は、自分の皮膚の上に、わざわざ黒い顔料を顔に色を塗って黒人っぽさを誇張し、そして自分からバカなことばかりをやってみせて、明るく白人を喜ばせる、そんなショーだ(書いてて落ち込みそうだ)。

本当に日本をテーマにやるんだったら、男性選手は下にズボンをはいてはいけない。女性選手は着物のすそがぱっくり割れていたわけで、そもそも足を180度近く上げるのだから、スポーツに着物はぜったいに無理があるんだけども、それでも着物でやりたければ、パンツをはいてはいけない。なんかよくわからない方向に行っているけども(笑)。白木屋の1932年の火災の際に、女性店員が多く亡くなってしまったのは、はしごで救助される際に、下の見物人から自分の女性器をのぞかれるのが嫌だったから。私達がパンツをはくようになったのは、たしかかなり最近のはず。

もし私が「民族」なんていう、厳密には誰も定義できないような、エキゾチック趣味のふざけたテーマで何かやれと言われたら、裸で出場する。「みねまいこ、人類を表現します!」と宣言するのだ。
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2010年02月17日

オリンピックでぴっくぴく3

冬季オリンピックが始まった。開会式は、冗談のようにつまらなかったので、妙に落テンションが下がった。

さて、国母選手の「服装の乱れ問題」が浮上した。彼のチームメイトがブログで「やはり武士の心が大事」という主旨のことを述べているらしいので、私が前回、朝青龍のはなしで言った武士道のことは、当たっているのかもしれない。しかし私はべつに国母選手には興味がない。彼のファッションにはオリジナリティがないから。日本チームからは外れていている一方で、彼は典型的な、すごくありがちなファッションのバランスを全身なぞっているだけだからだ。彼の形式のあるファッションと武士道は非常に親和性がある、叩かれているけども、実は彼の本質はサムライではないだろうか。

それでも見逃せないのは、「服装の乱れ」が国中でこれほど問題になるってのは、きっと深刻なことだってこと。日本は何かあると武士道に回帰するってこと自体を、取りあげないといけないと思う。ちなみにアメリカも何かあると「建国の理念」に回帰するので、これまた嫌な国だなと思うけども、それでも星条旗を燃やしていい。そんな思想の自由を認めた、最高裁での判例が過去にある。

なにはともあれ、フィギュア・スケートが一番見ていて楽しい。ロシア代表の川口選手へのインタビューで気になったのは、日本のレポーターがペアのロシア人男性の方に質問する際に、彼女にロシア語の通訳を頼んだことだった。失礼だな、と思った。彼女はロシアを代表して、試合に来ているのに、しかも忙しいのに、馴れ馴れしいやつらだな、と思った。通訳を準備していないのなら、はじめから、彼女に通訳をしてもらう算段で現地に乗り込んだということなのだろうか。

ロシアといえば、前回金メダルのロシアのプルシェンコは、3年休んで、ガールフレンドに「あなたまだ、やれるんじゃない?」と言われてその気になってそれで現役復帰した。そして復帰後の世界大会で優勝した際に「3年間頑張って来た他の選手に、(3年間遊んでた?)僕が勝ててうれしい」と言った。それを聞いたら、世界中の真面目にがんばってきた男子選手はあたまに来るよな。ちなみに彼の周囲のスタッフはどこか皆あやしい。怪僧ラスプーチンみたいな人が、常に右か左側いる。

男子フィギュアのショートプログラムを見ていて、ひとつショックなことがあった。ずっとルックスが素敵だわ!と私が思っていたある選手が、妙なコスチュームで、ピンク色のひもで体を縛り上げるようなセクシーなデザインだし、唇の色が赤すぎるし、気合いの方向性がなにかヘンだなと。そしたら、試合後のスコアを待つ場所で、演技を終えた安堵感からか、彼が何やらはしゃいで話しているのをマイクが拾った。その喋り方が(英語なんだけど)、はっきり言って、おすぎとピーコさんたちの喋り方にそっくりなんだ。世界共通なんだな、と思い、それが、勉強になった(笑)。

いっぺんにいろんな国の人の言動を知ることができるから面白くって、見ているんだけど、日本人のコメントがけっこう不思議だったりもする。「五輪には魔物がいる」とある日本人選手がコメントしていて、バンクーバーなのになにやら『陰陽師』みたいな雰囲気だなと思ってつい笑ってしまった(ごめんね)。中には負けた際に「応援してくれたみんなに申し訳ない」と言って泣いてる選手もちらほらいて、日本人選手には周囲に気遣いの出来る、あまりにも良い人が多いのだろうか。エミール・ガレの作品『好かれようと気にかける」という題の、蛙の形のガラス工芸を思い出す。

かつての水泳の千葉すずさんは正しいと思う。メダルが欲しければ、自分で取るべきだ。みんなの気持をバンクーバーに持っていく、ここまでこれたのはみんなのおかげ、と言っている選手も、そう言わせている日本の応援して挙げている人達も(私は断る)、見ていてなにかテンションが下がる。ふてぶてしい、人をバカにしたようなプルシェンコと、常に側にいる怪僧ラスプーチン似の人の方がはるかに面白い。

おそろしいことだけど、スキーの「日の丸飛行隊」が空を舞った。まだそんな言い方をするってどういうことなのかと思ったけれども、今は非常時なんだろう。そう、オリンピックは非常時なんだ。安全に世界大戦をやっているに等しい。そういうものは、ひとを興奮させるんだ。それに私も興奮しているんだな、と思って、自分で恥ずかしくなった。でも、つづきをまた書くかもしれない。

オリンピックでぴっくぴく1
http://minemaiko.sblo.jp/article/18200850.html

オリンピックでぴっくぴく2はこちら。
http://minemaiko.sblo.jp/article/19129007.html
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2010年02月10日

みーんなクソ

(今日は少し長い。)

世は朝青龍の話題で持ち切りだ。彼を「増長させ過ぎた」らしい(いじめっ子がいじめられっ子に「あいつ最近調子に乗ってるから」と言う難くせに似ている)。そして彼には「よく反省してほしい」らしい。

いつも思うのは、朝青龍への世論とは、外国人労働者へ日本の対応と同じだということ。結局、根本のところで日本は、どれほど人口が減っても、持ち前の几帳さとがんばりで、なにがなんでも外国人を中に入れないのではないだろうか?(たとえば東南アジアからの外国人看護師と介護福祉士の受け入れは進みつつあるけど※参照、とうてい受かりそうも無いような難しい国家資格試験が最後に待っているので、彼らは最終的に日本に残れない可能性の方が高い、など)

場所中の朝の4時まで飲んで酔っぱらって、ちゃんと相撲とって、優勝するんだから、すごいじゃん(笑)。暴行うんぬん犯罪は、犯罪を摘発するのは警察のシゴトで、それはそれだ。引退に際し彼の両親のコメントは「息子は名誉の引退をした」という内容のものだった。そうよ。彼はモンゴルの蒼き狼の子で、彼らの誇りは彼らのものだよ。

さて、日本国家の品格、女性の品格、◯◯の品格というように、この数年は品格がもてはやされて来た。で、同時にセットで語られる単語があって、それは「サムライ」「なでしこ」という物言いだ。品格とは、武士道のような精神性のことだろう。

ところで、武士道の精神性というのは、人を幸福にしないと私は思う。切腹にしろ、刀の装備にしろ身だしなみにしろ、早寝早起き(だったっけ?)にしろ、形式のことだ。もうすこしいえば、形式が先にあり、それに究極まで内面を従わせることではないだろうか。心の中ではもっと生きたいと思っても、名誉の死という美学に従わせたりもする。

もちろん、場合によっては、武士道は良い方向に働くことは多いにあるとは思う(そういう理想がないと、無為徒食に生きてしまうこともあるだろうから)。ただ、武士道が私はあまり好きではないのだ。だんぜん!無為徒食の方が好きかもしれない。

去年、沖縄に行ったとき、何かが楽だったのは、沖縄には武士道がかつて一度も存在したことが無かったからじゃないか?と今になって思う。感情がまず先にあって大切にされて、体面とか形式とかが後回しなら、ぜったいに生き易いはずだ。ひょっとする形式が先にあって、内面の方が後になるような生き方は、武士道が変異して、腐った形で日本軍に存在したような気がちょっとしている。わたしたちは普段気がつかないけど、感情を大事にしないで、形式を大事にすることを、よくやってるような気もする。

武士道や品格を語る人を信用できないのには、もうひとつ理由がある。サッカーで「サムライブルー」とか「なでしこジャパン」とか、他の競技でも「サムライ魂」とか、そんな言い方をする。でもよく考えたら、サムライっていうのは、階級のことだ。農民ブルーとか、商人ブルーとかがあってもいいはずだ。近代スポーツは本来平等のはず。力だけで競うはず。身分は関係ないはず。メンタリティにおいても、身分制は好きじゃない(セレブというのも身分制度のことだ)。「サムライ◯◯」って言う人は、自分で気がついてないけど、本当はそれをスポーツだと思っていないんじゃないかな。

相撲はスポーツではないらしい。日本独自の伝統のものらしい。だったら、最初から、外国人を入れるべきではないと思う。歌舞伎のように、徹底的に、外国人も女性も入れず、日本男児。日本男児。日本男児だけで楽しくやればいい(ひょっとしたら、歌舞伎の反動が宝塚なのかもしれない。今後、性転換した元男性が宝塚で活躍したり、性転換した元女性が歌舞伎で活躍するようになると、本当はきっともっと自由で楽しいのにと思う)。

日本が嫌いとか、そんなことが言いたいわけじゃないの。私は、品格や武士道を信じていないだけ。人間ののびやかで、かわいくて、やわらかい、ばかばかしい、投げやりな元気な気持を、窒息させるものに見えるから。戦争に負けたとき、品格も武士道も一緒に、完全に葬り去ってしまうべきだったと思っているだけ。ところが、そういった日本人にとっての、そういう統一的な理想は、エイリアンみたいに、しつこいんだ。

誰のことだとは言わないが、どんなすぐれた日本の思想家も、なぜか最後は武士道に行き着く。また繰り返される時代劇は歴史の物語を描きたいのではない、武士道が純粋に武士道だった頃のはなしをあらためて自己のなかに確認して、蘇らせたいのだ。日本人という果実の全部、皮を剥いていったら、最後の拠りどころとなるのは武士道だけなのかもしれない。

女は、なんの映画か意図的に忘れたが、武士の妻が陵辱されて泣いちゃって、夫が妻の敵をうつとか、武士の成長を見守る毋か女か、あぜ道のような存在だ。そんな武士道に反感を持ったり巻き込まれないようにして生きる日本の女性たちは、成熟をやめた女の子の物語を描くか、自らの物語を書こうとして日本社会との軋轢にもがくか、海外に出る道を選択するのだと思う。でも、そういうのも、まいこしんどい(実は典型的なまでに、私はそういうことをやってる気もするけどね、ふふふふふ)。もしくは、武士道を内面化して頑張りやになって生きるか。それも面倒だ。

なんにせよ、全部クソ。武士道にせよ、剣道にせよ、柔道にせよ、相撲道にせよ、華道にせよ、茶道にせよ、ぜーんぶ道がついてる。そんなのクソだと思うわ。ついでにヨーロッパの騎士道も基本的にはクソだと思うわ。すでに人の歩いた道を行き、その道を守ることがそんなに好きなのけ?

そこで、◯◯道と対抗できる概念を考えてみた。

ジャングルの野獣…かな。そうだわ。わたし、ジャングルのけだものか、ケモノか、サルになるわ。
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2010年02月03日

ストーリーテラー

2010年3月28日(日)に、沖縄国際アジア音楽祭に出演します。詳細は、後ほど。那覇市にお住まいの方は、ライブに来て下さい。1日、2回出演します(1ステージは30分くらいなんだよ)。ふふふふ。

さて、音楽の方も沖縄デビューということで軌道に乗って来たところで、作家活動も本気でやろうと思ってたんだ。最近、本気で両方やろうと思っていたりする。だから、2冊目と3冊めの本の原稿にとりかかっている(1冊めはまじで3月にでるぞ)。

歌手で作家の未映子さんのように芥川賞が欲しいのか?そうだね、素敵だね。直木賞も両方欲しいよね。なんでもいいんだよね。そうなんだ、最近気がついてしまった。世界は物語でできているんだ。

なんでこんなことに気がつかなかったんだろう?おそらく聖書が人類史上、いちばん売れた物語なんだと思うけどね。文字という意味だけでなくたって、世界は物語でできているんだ。そして自分の最初から最後まで、すべてがまったくストーリーで、人は自分が自分のためのストーリーテラーなんだ。

ある意味、オウム真理教もストーリーを語ったんだ。そしてそのストーリーに、わたしたちは負けてしまったんだ。9.11もある意味、ストーリーを語ったんだ。そして、また負けてしまった。ここんとこずっと負けているんだと思う。まったく歓迎できないストーリーが語られて、それに対抗できないまんま、時間が止まっているんだと思う。

必要なことは、負けを認めることだと思うのよ。誰が語っているのかはわからないけど、確実に誰かが語っている、大きな規模の、ぞっとするストーリーに、大きな規模でやられちゃってんの。そういうこと。

だから、新しいストーリーをまき散らす、ストーリーテラーになる、誰かが楽しむストーリーになるようなわたしの一生をあげる。

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2010年01月28日

豊穣な空間

本日は、新しいメンバーで、新たなバンドとの打ち合わせを行った。



ドラマーMOGIさん。文学青年でなおかつキュート。スタジオには私が1時間前に入ったので一番乗りだと思いきや、彼がすでに1時間半前から練習していた。

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ベース古庄氏。ヘビメタ出身。なおかつコントラバス奏者。ゲームと、ドイツ語とフランス語が趣味。おーい。

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ギターゆうじさん。おなじみ。いつもありがとう。

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休憩の風景。私以外、誰も休憩していないみたいだ。

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というわけでアルバム制作が今日からまた再開し、進み始める。

さて、耳を澄ましていたら、自分以外の人々の声とか、ギターが数本とか、シンバルが一定数以上、聴こえた気がした。スタジオ内で何かに音が反響していたのかもしれないけど、実は本当に、目に見えない誰かが大勢一緒に演奏して歌っていた気がした。だから、大丈夫だ。

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2010年01月20日

初期化

2008年の1回めの開催以降、2年に渡って暖めていた世界激場2のアイデアは、アイデアそのものを公開しないまま、残念ながら実現できなくなりました。詳細はこちらです。

http://sekaigekijou.jugem.jp/?eid=30

私は今後、実行委員長を辞任して、裏方にまわり、もう一度世界激場2の開催のためにがんばろうと思います(結局まだ、やるんかい!)。

今後も、ご興味のある方は、世界激場をよろしくお願いします。

今回、がっかりしながらも思うことは、諦めないで、自分が面白いと思ったことをやることは、いいことだな、ということ。めちゃめちゃに勉強したし、いろんな人間に出会ったんだよね。今回何も反省しないで、今日も突っ走ろうと思ってる。

ただ、事前の企画の段階で厚意を頂いた方に対して、信頼を失うことをしてしまったので、今後のことを思うと、別の実行委員長に舵取りを交代した方がいいだろうと私は判断したわけ。私は裏方にまわり、石炭を炉に投げ込む係になる。火を扱うのは得意だ。

先週の金曜日に、一緒にやってるTARJEELINGの聡さんと夜中近くまで近所のカフェで話し合って、彼がこう言った。「委員長を辞めるというならば、こちらから2つ条件があります。まず、理由をみんなに説明すること。つぎに、実行委員長の仕事がなくなれば時間ができるわけだから、Newアルバムを創ること。どんなにあなたがぶつぶつぶつ(....みねまいこがわがままで口も性格も悪くてと言いたいのか?この男は)....いい音楽を創れば全てがゆるされるんです!!」

そうきたか(というわけで、ひとつめの条件に関しては、先ほどのリンク先でこたえている)。彼はけっこう声を荒げて2つめの条件を言っていたのだが、聡さんの愛のある説教は、意外な展開だった。お姉さんもびっくり(私の方が年下なんだけどさ)。

世界が私を呼んでいる。
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2010年01月13日

時間はとまる

ちっとも時間が進んでいかない、そんな気が日々している。耐えるのだ、耐えるのだ、1月を耐え忍ぶのだ。そこで3つ、覚えておきたい。

孤独でグズな女とはつきあわない
キン玉が小さい男とは口をきかない
細かいこだわりの多い人たちからさっさと逃げる

この3つのことに気をつけないと、自分の時間が分散するだけで、何も進まない。時間が進まねば2月も3月も、きっと今後10年も同じ生活から抜け出せないのだ。それは、おそろしいことだ。きたない言葉をつかってごめんなさい。逆にいえば、私は上の3つの種類の人間に巻き込まれ易かったと言ってもいい、だから極端に自分で警戒しているのだろう。

さて、時間は流れるようで、実は油断すると止まってしまうものだ。そして気がつかないまま、巻き戻ったりもするものだ。一生を通じて、私は時間と闘ってきたし、ずっとその闘いに拘泥するのだという気がする。一番の敵は時間だ。

轍(わだち)がついているから安心だ。過去から左から後ろから、未来へ右へ前へ、そんな風に直線に流れる時間は。でも、そんな風に壮大に流れる時間や音楽や教会や文学は、初めはひかれても、間違いなくうんざりするのだ。もしも時間の流れの姿が見えるならば、それはもっと突拍子もない動きのはずだ。

旧約聖書でモーセが書いたと言われる申命記の最後の第34章には「主の僕モーセは、主の命令によってモアブの地で死んだ。」(新共同訳『聖書』日本聖書協会)とある。つまり、モーセは自分で「モーセは死んだ」と生きてる時点で書いちゃったらしい。

彼は、死ぬのを待てなくて先に書いたのだ。そんな時間感覚はとても好きだ。本当は、時間の流れに素直に反応すれば、飛べるのだ。ばいちゃ。

参考:佐藤優『はじめての宗教論 右巻 見えない世界の逆襲』NHK出版、2009年
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2010年01月06日

世界激場プレ勉強会 JIYU-KENKYUお知らせ

1/10(日)12:00〜福岡市美術館のレストランにて、世界激場プレ勉強会「JIYU-KENKYU」を行います。テキストは、水木しげるの『昭和史』!です。プハッ。たくさんのご参加、お待ち申し上げます。

リンク先

http://sekaigekijou.jugem.jp/

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2009年12月30日

お別れ

こんにちは。みねまいこです。お元気でしたか?私は、全世界に無作為に愛を配りたい気持。なぜならば、一番仲良しの80歳を超えた女性が、先週急死してしまったから。なんてことになったんだろう。昨日まで元気で、今朝とつぜんに死ぬなんて。すぐに東北に飛んで、葬式をやって、でも骨をひきとる人がおらず、私が箱に入れて福岡のマンションに持って帰った。毎日骨に話しかけて泣いていたら、鳥が鳴いた。だから外に出て、仕事をして、お金を稼ぎ、消費して、浪費して、着飾り、冬の中で、社会生活を営むことにした。

12月19日は学会で、東京の青山学院大に。その前の2週間はあまり寝ておらず、ずっと準備に追われた。本番の1日前に東京に入ることにしたのは、原宿の行きつけの美容院に行きたくなったからだった。また偶然、18日に所属事務所の制作した映画のプレミア試写会があって、社長から招待を受けていた。しかし私がその日宿泊するホテルでごたごたしてしまい、社長がいろいろ別のホテルを手配してくれて、さんざん世話してくれたにもかかわらず、結局自分が気に入ったホテルを自分で勝手に見つけて行くし、プレミアも欠席という、勝手なことばかりしくさって、それでも夜には、社長は海外ロケのジャスミン茶の葉っぱを持って、ホテルに会いに来て下さった。素敵な事務所でよかった。

当日は、疲労困憊でよく覚えていないのだが、日本全国からトップレスの、まちがったトップクラスの研究者が集まっていて、めんくらってばかり。発表の内容は、「黒人の名前」について。音楽でも、ラッパーとか、不思議な名前が多いと思いませんか?「モスデフ(一番、耳が聞こえない)」「アイスキューブ(角氷)とか「Jay-Z」などアルファベットがちょこんとついていたり、他にもいろいろね。彼らの名前の習慣やセンスやを奴隷制度までさかのぼって、分析した。報告の後で質疑応答があったのだが、うまく答えられないことがあり(笑)。そうしたら後で、会場に駆けつけてくださったファンの方が、「あのですね、みねさんはこういうことが言いたかったんじゃないでしょうか?」とメモをだだだっと見せてくださって、私は「なるほどー。たしかにこういうことが言いたかった気がしますー。」なんて、ファンの方に全面的に助けていただきました(笑)。ありがとうございました(そんなことでいいのか?いいのだ)!

その夜は、緊張から解放されて、多くの有名人の研究者に直撃インタビューをして、お話してもらって、ワインを飲んできゃあきゃあ言っていたのだけど、ホテルに帰っても眠れない。テレビもつまらない。コンビニエンスストアで漢字学者の白川静の関連の本を見つけて買ってぱらぱら読みしても、遠い気持。

そして朝、連絡があって、彼女が死んだという。急死だ。窒息死だ。事故で、喉がつまったって。彼女の部屋を整理していると彼女の引き出しの中から出さないまま忘れちゃったらしい手紙がみつかった。「みねさん。冬の衣類をたくさん送ってくださってありがとう。とくに長い靴下は助かります。(省略)わたしはここは好きではありません。(省略)」そんな手紙だった。そうなのだ、彼女の痴呆が進んだので、この10月に、私が血も涙もなく、彼女を有料老人ホームに入れたのだった。私には2010年に福岡でやらねばならないことがあったから、すぐには一緒に暮らせないと思っていた。今でもその気持は変わらないけど、はっきりしていることは、私の心は孤児になった。とりかえしがつかないことをしてしまった。

彼女とのこれまでの記録は、こちら。
http://minemaiko.sblo.jp/article/33258341.html
http://minemaiko.sblo.jp/article/18462529.html
http://minemaiko.sblo.jp/article/10697775.html

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