2018年11月20日

老いが全人類にとって益となる とき

以下、韓国の日刊紙「東洋日報」から原稿の依頼を受けて11/9朝刊に出ました。以下、その日本語です89DBCBFC-A75A-4A4F-A604-04553A28A1FC.jpeg

「老い」ときいて多くの日本人の頭によぎるの は、1957年の深沢七郎の小説『楢山節考(ならやまぶ しこう)』(映画は1983年カンヌ国際映画祭でパ ルム・ドール賞を受賞) ではないだろうか。大枠でいえばこの作品は、日本の僻地にある古く貧しい農村 で、村人たちが限られた食料で生きのびるため、やむをえず老人たちを犠牲にした ことを描いている 。老人 は70歳になると「死出の山」と名づけられた山のうえ まで長男に背負われて運ばれ、そこに遺棄されるとい うストーリー。貧しさと古い因習において、ときに老 人が自らすすんで 自己を犠牲にする姿は、現実から乖離しているからこそ一つの作品として鑑賞できた が、 今ではすっかり笑えないブラック・ジョークになってしまった。

65歳で定年退職したら「楢山」に行かねばならない のか? そんな絶望的な気持ちにさせられるほど、高齢者の年金は十分とは言えない。しかも定年退職後の 再就職は容易ではなく、貯金の金利も無きに等しい。 端で見ていて、私が老人であればばかにするなという 気持ちになるに違いない。そう、高齢者は、無意識の うちに痛めつけられている。 だが厄介なことに、高齢 者の問題は高齢者だけの問題ではすまない。日本の出生率の低下は老人の人口増加と連動しながら、勤労者人口の割合を減少させ、老人1人を支える勤労者(20 歳から64歳まで)の数が、2025年には3人を下回る。 老齢年金をはじめとする老人ホームや福祉関係の費用 の元は勤労者の税金から払われている が、現在の勤労 者が老人になった際に、見返りが先細りするのは明白 だ。持ちつ持たれつとは頭でわかっていても、 支える側の脳裏に「高齢者は楢山へ」という言葉が一瞬よぎるかもしれない。

思想家の吉本隆明は「人間の生涯で大切なことは二 つしかない。一つは老人を経済的に安定させて、少な くとも世話をしてくれる人を雇えるくらいの余裕を持 たせる。もう一つは妊娠した女の人に十分な休暇と給 料を与えて、十分な子育てができる。この二つが実現 できたら歴史は終わり」だと言った。 彼の言う歴史とは、今われわれの生きている文明と言 い換えていいだろう。老人と妊婦(その子供)が一切 の不安から解放されたなら、私たちはようやくそこ で、本当の意味で高度な文明を築き上げられたと言えるだろう(しかし、そのような信念に貫かれた政策を もつ政治家が出てくる気配がないのが残念だ)。

さて、老人像の変化を反映してだろうか。 最近に なってあの『楢山節考』に、『デンデラ』というタイ トルの続編が作られた。山に遺棄された老婆たちは、 「デンデラ」という名の小さな集落を秘密裏に形成し、村に復讐することを企てる。そこにはもはや、か つての老人の自己犠牲はない。老人たちは賢く強くな り、この村の老人遺棄の悪習は食料の再分配の失敗で あると冷徹に分析する。ある説によると映画のタイト ル「デンデラ」とは、日本語の方言で「出るに出られ ない」という意味だという。なるほど、老婆たちは野 生の熊から何度も襲われる。老婆たちは村へも帰れな ければ、熊からも襲われ、雪山の「デンデラ」からど こにも行けない八方ふさがりの状態。つまり、それは 今の日本の老人たちの行き場のなさそのものであり、 高齢者をとりまく様々な政策が八方ふさがりであるこ とをうまく象徴しているのだといえる。

『デンデラ』の登場人物は老婆ばかりだ。セリフの 端々からにじみ出るように、彼女たちは家父長制度を憎む女たちであるともいえる。だが、日本の高齢社会では女性の平均寿命が現在の7年から2050年には8年 男性より長くなると言われる。女たちの方が長生きするがゆえに、より厳しい闘いを強いられてい ることの隠喩かもしれない。かつて小津安二郎の映画には、俳優の笠智衆が庭をながめてお茶をのみ、在りし日を思うような老いのあり方が描かれたが、今では映画にも現実にもどこにもそんな老人はいない。答えは簡単で、それは単に寿命100歳時代といわれるように、老人の寿命が長くなったからである。現在の老人が小津映画の老人のようにのんびり隠居してしまったら、老後の資金が足りなくなって最後は飢えるだろう。平均寿命の性差や個人差はあるが、結局のところ、誰しも が伸びた寿命に戸惑っている。

大きな財産があるとか、一生をかけて道を極める寿 司職人のような職業であれば話は異なるが、たいていの高齢者は困ったことに行き場所もなく、ロールモデ ルもいない。「ボケる」といった老化現象を「老人力 がついた」とプラスに捉えることを指南した『老人力』という本が1998年に大ヒットしてから、今なお幸せに老いるための啓蒙本は増え続けており、誰もが一 斉に答えを求めようとしている。高齢者にお金の節約 の方法から、若者に嫌われないような所作や、加齢臭対策をアドバイスするなど様々である。まったく 読者を自由にしようとしているのか、束縛しているのかわ かったものではない。人生の最終ラウンドであれこれ 生き方を指示されて、人から説教されながら生きねば ならない高齢者の姿をみて、さらに若者は老いることに嫌悪感を抱く、という悪循環に陥っている。

もちろん、老いが憧れや希望となるような生き方 も、生まれる可能性が全くないとはいえない。事実、歳をとったという実感がまったくなく、それは単なる 数字でしかないと考える高齢者も多くいるだろう。たしか聖書の創世記でアブラハムが神の声を聞いたの は75歳のときだった。彼がそこから新しい土地に移っ て新たな国づくりをはじめたのは現代のわれわれにとっても驚きである。もちろん、現代の高齢者も、アブラハムと同様になにかを始めるのに年齢は関係ない。

私の身近にいる高齢者たちも元気だ。東京のお茶の水に、東京YWCAが運営する女性専用のプール&ジ ムがあり、1929年にできた当時、封建的な家族制度の 中で生きる女性たちが、自分のために健康を考えるこ とのできる先駆的な日本初の女性専用屋内温水プールだった。下は16歳から80を超えた様々な年代の女性た ちが汗を流している。そこに 通う高齢女性たちとの会話からわかることは、彼女たちは老い方や死に方を自分で決めたいと考えていることである。そして、それができる条件として何より大事なことは、自分の体が 死ぬまで健康であることだと考えている。

日本のことわざに「女は灰になるまで」という言い方はあるものの、今の日本社会において高齢女性の性 の話題は基本的にはタブーである。だが、老い方を自 己決定しようとする高齢者がこれからも増えれば、そ れに付随して高齢者の性の語り 方も変化していくだろう。女優で作家の岸惠子は『わりなき恋』という小説 を近年発表し、70歳の女性の性と恋愛をかなり具体的 に(ホルモン治療のディーテールを含めて)描き話題 となった。性の問題に限らず、世界的に高齢者のイ メージを破る作品や生き方はますます多様化するだろう。近年日本で話題となった『Advanced Style』とい うという写真集を開いてみると 、被写体は60-100歳の ニューヨークの女性たちであり、彼女たちの個性に裏 付けられた美しく元気な老いは、十分に若者たちをも惹き付けている。

だが、私たちは本当に人生の最後の最後まで、本当 にきらきらしていられるだろうか? というのも、年齢に関係なくジムやプールでなんとか体を 動かし、恋愛もし、好きな服を着替えられるうちはまだいい。だ が、骨の髄まで老いて目が見えなくなり、排泄がうまくいかなくなったとき、どうするのか。そのときこ そ、私たちの知恵が試される。

ここで私の結論は、最初に戻る。繰り返すが私たちの文明は、老人に安定を与えることで初めて、本当の意味で高度な知に到達したといえる。ただ、それが実現されるためには、老いることの意味が変わらなければならない。すなわち、 身体能力が完全に落ち、完膚なきまでに老いたとき、 その老いが全人類にとって益となるような意味が生まれる必要があるのである。

哲学者の鷲田清一は、老いについて興味深いことを 述べている。「頑張りのあとの休息でも、退役したが ゆえの気楽さではなくて、しなければならないと思わ れてきたことをしないことがこの社会を変えることに つながるようなひとつの超絶として、<老い>に浸る ということができないものか」。なるほど、私たちは、どうしても最後には動けなくなるだろう。これま で出来たことができなくなるだろう。だが、逆に動けない、できない経験を通じて、本来やらなくて良かっ たことを、高齢者こそが社会に提示できる可能性があるのである。若い人に「本当に大事なことは少しで、 そんな余計なことはやらなくていいんだよ」と、彼らが示すことができれば、どれほど社会を良い方向へ変 えることができるだろう。老いには人間の生きる意味 や、人生の質を上げてくれる可能性がある。それは、 私たちは人類全体の益である。また、老いることが人びとに益をもたらすことは 、老人を経済的に安定させ ることにつながる。

アメリカの作品で、老人を描いた映画に『八月の 鯨』がある。老いた老姉妹が島の海辺の家で暮らす。 姉は白内障で失明し、老いた二人がただ身を寄せ合っ て日々を生きる。島には毎年八月に鯨が来る。映画の 最後で二人は意を決し、島の岬まで鯨を見に行く。彼 女たちにしてみればそれだけで 大仕事であり、お互い を杖のようにして支え合いながら歩く。 岬にくると地 平線を眺めながら、妹が「鯨は行ってしまったわ」と 残念そうに言う。すると目は見えない姉が「分かるも のですか そんなこと分からないわ」と言い、二人で じっと鯨を待っている。 ここでも、様々なことが出来 なくなった彼女たちがわたしたちに教えてくれ てい る。案外、わたしたちがやらなければならないと信じ られてきたことは、本当はやる必要がな い。もっと大 事なことは、海辺で鯨を待つとか、そんなシンプルな ことなのかもしれない、と。
posted by minemai at 13:08| 日記

2018年04月30日

帰郷(the Journey Back)

峯 真依子『奴隷の文学誌ーー声と文字の相克』(青弓社)9784787292483_600.jpg

本日、本がようやく出版されるので、感激している。が、同時にこんな生き方でよかったのか? という不安も押し寄せてきて、この数日、東京から九州にいろんな人に会いに行った。まるで自分が死ぬ間際に、別れの挨拶でもするかのようだった。十代でキリスト教の洗礼(プロテスタント)を受けたせいなのか、根っから天職(calling/Beruf)というものを探し求めるという妙な癖がある。

様々な人から言われた言葉が面白かった。それだけでロードムービーが出来上がりそうなほど。ここに一部を書き記す。

・「浅草で、浪曲の伴走となる三味線を担当する上手い曲師が必要です。」大分にあるミニシアターの草分けシネマ5館長、田井氏の言葉。
・「べっぴんさんが来たでぇ。」親友のお母様の言葉。嬉しい。
・説教。再現不能。たしかに全部私が悪いと思います。私がオルガニストをやらせてもらっていた、キリスト教の教会にて。

大分銀行赤レンガ館で、本を読みながらコーヒーを飲んでぼーっとしていた。東京駅と同じ建築事務所による明治時代の設計だとか。スーツ姿の支配人のような方が、洗練された身のこなしでさりげなく会釈してくれる。

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仕事が後世に残るってのは、すごいことですね。
posted by minemai at 14:25| 日記

2018年03月13日

本のお知らせ

こんにちは、みねです。

2/28更新予定日を過ぎてしまい、ごめんなさい! 

私の書いた本が出ます。
まったくここまで来るのに、どれだけ時間がかかったんだ? と、わがことながらあきれてしまいます。
『奴隷の文学誌』青弓社(2018年4月30日発売予定)

おそらく皆様のお手元に届くのは、5月の連休頃になると思いますが、読んでいただけると嬉しく思います。

次回の更新は4/30です。
posted by minemai at 23:43| 日記

2018年02月19日

Video killed the radio star

あらためまして、こんにちは。
タイトルは、今日聴いている曲だというだけです。

近影をUPします(現在の職場である大学の広報で使用される写真)。

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いえい!

次回の更新は2月28日です。
posted by minemai at 12:19| 日記

2018年01月31日

近況お知らせ

はろー。事情より、ちょいとお待ちを。しーゆーすーん。
posted by minemai at 23:45| 日記

2017年11月30日

思い出した頃に「ポスト・キャピタル(デモ・付加版)」みねまいこ+サクラダ

皆さま、こんにちは。
しばらくぶりに、このポスト・キャピタルという曲を、京都のサクラダさんが、編曲し直し、コーラスも入れて曲を作り替えてくれました!やったね!



じつは今回、私の貢献度はあまりありません。 やっぱり京都のサクラダさんは、素晴らしい。

次回の更新は、1月31日(日)です。
私は、クリスマスと正月は何かをあおられる感じが嫌なので、12月の更新は飛ばします。
posted by minemai at 21:24| 日記

2017年11月03日

イータリーはノット・イタリー

この間のこと。海外生活の長い友人から、なつかしいイータリーというイタリア食材兼レストランの支店が東京駅にできた!と教えられ、世界中のどこのイータリー行ったこともないけど、仕事の帰りに一人で行ってみることにした。

夜は8時を過ぎて、東京駅の地下だというのになんという活気。レストランは一面、すべて満席。ワインを片手に、イタリアの高級でオーガニックな食材でこしらえた、こじゃれたイタリアらしい元気の良い色味であふれた料理を囲んで、だれもが幸せそう。なんというか、だれもが今、幸福感を感じていることの幸福感にひたっているみたいな感じ。

満席だったので帰るとしよう。が、空腹で目眩がする。お。食材コーナーのレジの周りに、イートインスペースがあるではないか。基本的には椅子はなく、立ち食いのためのテーブルが、たくさんあった。そこでサンドウィッチの作りたてを買って食べることができる、というわけ。それを試してみるとしよう。立ち食いは駅の蕎麦屋以外は、したことないけど、九州の田舎で昔みた、角打ちという酒屋で立ったまま塩っぱい小さいつまみでお酒をのむ風習を知っているし、立って食べた経験値は低いが、たぶんやればできるだろう。

炭酸水の1リットルの大ビンを買って、ひとつのテーブルの上に置き、そのテーブルを自分のために確保した。椅子はもちろんなし。そのあとで、サンドイッチを目の前で作ってもらうのを待つ。たかがサンドウィッチで、高いな。でも、イタリア的な明るい人生を味わえれば、安いもの。さささ。サンドイッチを受け取って、確保してあったイートインのテーブルを振り返ると、さささ、サラリーマンが。

白ワインの入ったグラスワイン一杯をそばにおいて、お皿には、冷たそうなひらべったい、色が薄くなってるトマトソースのピザが一切れ。ナイフとフォークで小さくして、食べようとしている。このやろう。私の炭酸水、この人に取られちゃかなわない。で、こっちもお腹が減ってるし、なんかムカつくしで、炭酸水を右手でぐわしっと取って、きっとにらみつけた。

するとサラリーマンは、「すみません」と言ってナイフとフォークを置こうとしながら動揺している。彼の首には、会社の社員証が、緑色のひもにぶらがっていて、そのひもが、まだ仕事の途中で、夕ご飯を食べに地下のイータリーに来て、そのピザとグラスワイン一杯飲んだら、オフィスに帰ることを物語っていた。

私ときたら、条件反射的に、無視してしまった。そして、どうしてこんなに、イライラしたんだろう。まいちゃんったらどうしちゃったの。後悔と同時に、自分の恐ろしい態度、「無視」に、驚いて、で、その後、後悔するのだった。

きっと外国語だったら、にっこり笑って、「大丈夫ですよ」みたいな、普通の対応をしたのかなって思う。でも、キっとにらんで、無視してしまったのは、こんな時間まで仕事して、まだ職場に戻るっぽくて、なおかつ、立ってうすっぺらいピザを食べてて、他人の炭酸水がぼんっとテーブルの上にあることさえも気付かない程、疲れきっている日本人の姿に、言いようもない悲しさと、自分の姿を見て、なおかつ、それを認めたくなかったからだ。

で、結局、サンドウィッチと炭酸水を持って、店を出て、家で食べることにした。サラリーマンに、悪かったな、と思いながら、電車に乗って、今夜のことを整理する。

やはり、立ったままナイフとフォークを使って食べることは、やってはいけないのではないか。夕ご飯に、ピザ一枚は良くないのではないか。そして、立って食べさせても、客は喜ぶと思っている店は、いくらコじゃれてたとしても、客をなめてるんじゃないか。立ったままでも貧相ではないのは、飲み物のレベルまでなのではないか。その後、そんなふうにいろいろ考えて、出た結論は、余裕のなさと、闘わなきゃならんってこと。なぜなら、余裕がないと、何も考えられなくなって、日々を消費するだけになってしまう。

この店はきっと、イタリアの食材だけでなく、イタリア的な余裕とか、明るさとか、天真爛漫さとか、食への飽くなき情熱とか、ローマ帝国とルネッサンスとの遺産と貯金だけで21世紀まで生きてきたノー天気さとか(失敬)、そんなイメージも売る場所なのではないか。イタリアを演出しても、東京駅の地下という空間は、余裕のなさによって浸食されてた気がして、イータリーはやっぱ日本だわ、って思ったのだった。ちゃんちゃん。

次回の更新は11/30(木)です。
posted by minemai at 19:33| 日記

2017年09月30日

キャパの手は、そのとき震えていた。

さる2017年9月15日(金)の日本文藝家のトークサロン「忖度はなぜ英語に訳せないか」というイベントに、起こしくださった皆様、これを読んでいるとは限りませんが、ご来場ありがとうございました。そのレポートを少し。ただし、写真を撮影して下さった方が、信じがたい程に「え…?」という腕前でして、ぜーんぶピンぼけ。ロバート・キャパも真っ青なのでございます。あはははは。ほとんどが、このレベル。
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かろうじて人の顔が認識できそうな写真が、これと(打ち合わせ中)
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これぐらいか。(開始前の準備中)
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どうして、こんな写真ばかりなの。

開始前、ちょっと主催の日本文藝家協会の内部の方々がざわついていたのが、作家の加賀乙彦氏が、見に来てくださり、最前列におすわりになっていたこと。私としては、実家の書棚に何冊か、普通に置いてあって、読んだことがあった作家なもんだから、すっかり面食らってしまった。終了後に名刺交換とかしてもらおうかと思ったが、大作家を前に私ごときが身の程知らずだなと思い、緊張しまくって、結局交換できなかった。妙なところで、野心にも似た、焦るばかりの欲のようなものが、ここぞというときに、まるで憑き物が落ちたようにしぼんでしまう自分が憎い。

さささ。
次に、みねまいこが出演するイベントは、こちらです。ぜひ、お越し下さい!
http://www.cgu.ac.jp/tabid/1914/Default.aspx#liberal_arts
(注!私のライヴではなく、遊びにきてくれた皆さんと一緒に歌う感じです)

次回の更新は、10月31日です。
posted by minemai at 22:47| 日記

2017年08月31日

ある弱さについて

スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンによる『ミレニアム』シリーズ(3巻までは本人による作品)を読んで、大きな衝撃を受けた。こんな傑作をどうして、今まで知らなかったのだろう。これを読んだ後、女性をとりまく問題の多くが、絡まった糸がするするとほどけるように、これ以上ないクリアな解を得るのだった。保育園落ちた日本死ねも(母親と赤ちゃんたちには、飢えずに生きる権利がある)、事件化されることは絶対にないごく微細な身近なニュース、しかしよく考えてみると極めて不愉快な構図も、根底には『ミレニアム』で描かれたテーマと同じものが薄気味悪く横たわっているように思えた。

関東で仕事を始めて以来、あまり選択の余地なく電車が自分の足となった。ある朝、いつものラッシュの時間帯に、普段とは違う車両に乗った。すると、私の髪が後ろの中年男性の顔に触れたか何かで、その男性が「ふさけんな」と言って怒っていた。私は怖くなって、すぐに謝ったが、私の顔に浮かんだ反射的な恐怖の色を見逃さなかったのだろう。攻撃は、弱い者に向かう。その男は、弱さを見せた私をさらに罵倒し、謝罪が足りないという主旨の言葉で、ののしるのだった。その一瞬、私の何かに火がついた。地声で最大限に大きな声で、私はその男に怒鳴り返した。これは、かなり勇気が要ることだった。が、今ここで沈黙したら、沈黙することに馴れてしまう。それだけは、絶対に嫌だった。

女に抵抗されるとは、思ってもみなかったのだろう。困惑すると、その男は、思い切り私の下腹を殴りだした。そのパンチはかなりきいた。が、さらにデシベルを上げて、声で抵抗する以外にできない。殴り返せない。私が弱いからか。もしくは、頭にきても手を出したら終わり、と、昔、小学校で習った言葉が頭をよぎったからか。もしくは、右の頬を撃たれたら左も出せという、ミッション系の幼稚園の教えが頭をよぎったからか。おのれ、初等教育の恐ろしさよ。この後に及んでも優等生ぶった私は、暴力という手段を選べないまま、その握りこぶしは、ぶらさがっているだけの役立たずだ。やはり、攻撃しかえすべきか。ゆっくりスローモーションで、同じ車両のあらゆる人々がこちらを向くのが見える。面白いのは、周囲の誰も助けてくれないこと。

殴り返すかどうか逡巡しながら、結局「次の駅で鉄道警察呼ぶからな、このやろー」とだけ叫び、その後は情けなくしゃがみ込む私。次の駅にやっと到着すると、その中年男性は電車を飛び出して、走って逃げて行った。となると、次に私の怒りは、行き場を失い。「いてー、くそー」と誰に向けてでもない言葉を床にむかって吐き捨てながら、せめて体を休めるために壁際に移ろうとする。すると、これだけのラッシュなのに、なぜか人が綺麗に割れて、満員電車の中心に、私のための道ができるのだ。少しモーセになったような気分で私はよたよた歩き、車両の隅までくると、サラリーマンが見て見ぬ振りをしたことの贖罪の気持なのか、座席を譲ってくれた。

そんなことがあってから、いろいろ考えていた。まず、私は強くならなければならない。体力をつけるために、シンクロナイズド・スイミングと護身術を始めた。前者は、過酷なスポーツだ。常に「息苦しさ」との闘いである。それはまた、生きる上での「女たちの息苦しさ」という意味で、象徴的な意味をもっているともいえる。近年は男性の競技人口が増えつつあるけども。後者は、文字どおり、自分の身を少しの腕力でも守れるように、効率の良い防御的な攻撃を学ぶために始めた次第。つぎに、若い人が自由に生きる手伝いをしなければならない。自分がこれまで、誰かにされて嫌だったことから、彼らを守らなければならない。自由というのは、学問や研究の自由でもあり、言論の自由でもあり、表現の自由でもある。

そうなれば、自由のテーマソングが必要だわよね。

2017年9月15日(金)、東京麹町の文藝春秋ビル(新館)で行われる、イベントの告知です。お席はまだあると思いますが、お早めにご予約ください。
日本文藝家協会トークイベント
お待ちしています!
posted by minemai at 17:35| 日記

2017年07月31日

秋のお知らせ

みなさん、こんにちは! 最近、アニサキスにあたってしまい、まだふらふらしていますので、とにかく、今日はいくつか出演するイベントのお知らせだけさせてください。

東京(麹町)
9月15日(金)夕方18:30より、日本文藝家協会のイベントに出演します。
お席はまだあると思いますが、お早めにご予約ください。

千葉(我孫子市)
10月29日(日)14:00より、箱根駅伝でも有名な中央学院大学の学園祭の参加型の授業イベントに出演します。こちらは予約は必要ありません。高校生向けとは書いてありますが、どなたでも大歓迎です。私が歌うのではなく、基本的に参加者の方々が歌う!というコンセプトです。

ちょっとトリビア
9月の日本文藝家協会のイベントは、過去の別の回にお客として遊びに行った際、白ワインが意外にも美味しかったので、選んでみて下さい。

10月の中央学院大学の授業イベントは、最寄り駅の我孫子駅の弥生軒という駅のホームにある立ち食いそばの店(画家の山下清がバイトをしていたという)が、ワイルドで美味でおすすめです。頼んだらわかるから。

という感じで、人前に出る仕事を徐々に増やしながら、何が何でも音楽の仕事の勘を取り戻すのよ、というのが今の私のスタンスでしょうか。以上です。アニサキスには気をつけてね!

次回更新は、8月31日です。
posted by minemai at 22:46| 日記

2017年06月30日

Hanoi→Tokyo

2012 年 9 月よりベトナムのハノイにある大学の講師として勤務した。毎朝トヨタの車がお迎えに参りますという話だったが、話が違う! スタッフが毎朝バイクで迎えに来てくれる。昼間は暑いので早く帰るために、みんな早朝 7 時頃より仕事を始める。朝靄と大渋滞の排気ガスのたちこめる旧市街、ホアンキエム湖の柳が揺れている。そのそばを駆け抜け、バイクでひたすら街を疾走する。大学に着くと、路面店のフォーで同僚たちと朝食をすませ、それから仕事。

家から割と近かったハノイの中心街のキリスト教会。
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今、日本に戻ってしばらく時間が経ってから振り返ってみると、全部夢だったような気がしている。あの町のバイクの速度と同じ疾走感は、経済発展のスピードと同じで、進めば進むほど、豊かになれるという未来への確信に満ちていた。若さいっぱい。シャンプーのコマーシャルのような美女たちが、長い髪をなびかせて、暴走していた。

私は、ベトナムの持つアジアと西洋の混ざり合うアンニュイな雰囲気、おそらくそのイメージは、作家マルグリット・デュラスと、ベトナムを描いたフランス映画によって形成されたのだが、そこにそこはかとない憧れを抱いていた。だから到着した日、湿度の高いアジアの喧噪、カオスな町並みに建つ西洋建築のような、しかし近代的では決してない5階建ての家の3階にある天上が高い窓の大きい部屋を与えられたとき、私の年期の入った憧れと現実世界がハイタッチをした。ベッドに寝っころがってみると、大きなファンがゆっくりと天井で回転していた。基本的に家の中も外履き。だから、ハイヒールで部屋の中を歩き回って、スイッチ等を確認した。

フォーの朝ご飯、バインミーの昼食、ブンの夕食、チェーの間食、ベトナムコーヒーと蓮茶を、はしごする日々。夜はホアンキエム湖の周りを、おデブな事務方の男性スタッフがダイエットしたいというので、一緒にジョギング。仕事にも馴れて、町にも馴れて、知り合いもたくさんできた。だが、ここは根本的に何かが足りない。そう、食文化と食器や漆器などの食文化にまつわるもの以外、何もないのだ。文化がない。英語で書かれた本を買おうにも、検閲で禁書になっているとか。普通の小説や普通のガイドブックを、闇のルートをたよって危険をおかしてまで手に入れる始末。夕方の皆のお腹がすいて心細い時間帯になると、何と言っているかわからないが、政府の宣伝カーが拡声器で、たぶん思想指導をしてまわる。誰に聞いても、あれが何と言っているのか、訳したがらない。そうなのだ、ここは、言葉一つで人の運命が大きく変わってしまう場所だった。誰もが口をつぐむのは、自分の身を守るために大事なことは言わないでおく、という意味だった。

アオザイは式典などの行事の時だけ着用。
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同年、10 月、ホーチミンの女子大生が反体制のビラを巻いたという事件が起こる。ビラをまいただけでも懲役10 年以上が相場のこの国で、彼女の支援活動があれば参加したいと思ったことが事の発端だった。金曜の夕方、帰宅前に大学で彼女の名前を検索し、翌週月曜の朝出勤して再びパソコンを開くと私のパソコンだけネットがつながらない。警察による警告マークが画面に出てくる。検閲というものは、自分で体験してみないと恐怖はわからない。ネットがアウト。だからメールもアウト。「1企業1スパイ」という政府の方針も噂にはきいていたが、やっとリアリティを持って理解できるようになる。また、ビザ等の手続きに関して、役人から賄賂を再三求められる。まっとうな民主主義の価値、まっとうな行政の価値、何よりも人権を、今や最後の砦のように信じ、そこに必死にすがっている自分に気づくのだった。

だからこの前、狂暴在(漢字は自分で変換し直してくださいね)が通過した際に、日本のセンスがだんだん後進国になっていくように思えたし、究極的には、こう言っては失礼かもしれないが、政府が人々の活動と言論を制限するベトナムになりたいのか?と思わずにいられなかった。

だが、ハノイにはちょっとだけ希望もあった。女性オーナーがやっている店だ。タンマイ(Tanmy)という店で、旧市街の絹を扱う通りにある。そのセンス、商売手腕、その手腕によって様々な作家を支援する懐の深さ、(最後にもう一度)そのセンスの良さで、私が知る中では、他に見たことがない店を経営している。お土産と衣類屋さんとカフェという名目だが、実際には「自由の雰囲気」そのものを売っていた。日曜日の午後は、中2階で、年配の女性がピアノ演奏をする。ショパンを弾いているが、下手でよく間違える。間違えると8小節くらい戻って、そこから再スタートする。客たちは、1階から3階まで、ゆっくりめぐり品物を眺めながら、下手なピアニストの応援する。そこのオーナーと何度も話した。別にたわいもない話。この絵が綺麗だとか、この麻は綺麗だとか。

Tanmy(入り口近くか?)
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Tanmyのフロアの一部分(写真で見るとたいしたことないんだけど)
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Tanmyの外観(夜のハンガイ通り)
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日本に帰ってきて、さらにずっと暮らした福岡から東京に移って仕事を始めたら、以前感じていたよりも町のスピードがえらく遅かったが、少子高齢化などの山積みになった問題ゆえに斜陽だとしても、いい意味のサビレ方、年の取り方、成熟の仕方を選択すれば何とかなるんじゃないのか?と思ってる。

東京では、私はコム・デ・ギャルソンに行く。ハノイでは、私にはタンマイが必要だった。東京では、私にはコム・デ・ギャルソンが必要だ。たとえ買わずとも見ているだけでも。その共通項は、自由と自主独立と美なんだと思う。そういえば、ベトナムに引っ越す前、私が音楽をやるきっかけを与えてくれたプロデューサーの高橋信之さんが送別会をしてくれた。そのとき「ベトナムにはコム・デ・ギャルソンはないぞ。みねまい大丈夫か?」と言っていた。彼の言葉は予言のように、その通りになった。みねまい、大丈夫じゃなかった。

次回の更新は7月31日です。
posted by minemai at 11:08| 日記

2017年05月31日

Let's go home!

久しぶり! 元気でしたか?この3、4年、自家撞着的な表現だけども、しぶとく生き残るためにしぶとく生きてきた。そのための準備が全て完璧に整ったある3月のある日、鍵をもらい、拍子抜けするほど軽いドアを明ける。勢いがついたまま、その軽い扉は半回転して壁にがっつーんとぶつかる。ふらふらと、新しい仕事部屋に入ると、大きな窓の外に成層圏までがはっきり見えるような空が遠く高く広がっていた。鳥も心なしか、直線的に上に向かって飛んでいったように見える。このドアを開けるためだけに、全精力をつぎ込んで心底疲れていたけども、泣き言は言わない。その日は3月の終わりの日で、全てが完璧だった。

長かった!

ある日、ニュースを見てた。オバマがビル・クリントンと参列したイスラエルの元首相の葬儀の帰り、政府専用機に乗り込んでいる。タラップの上からオバマが「ほら、ビル!うちに帰ろうぜ!」と、呼びかけた。お腹の脂肪をゆらし重力に抵抗しながら、最大限に早足で駆けのぼるクリントン。細い腰まわりがセクシーなオバマが、斜めに体をずらして、クリントンを先に機内にいれる。後から続いてオバマがすっと専用機に消えた。「うちに帰ろうぜ!」オバマが言うと、どうしてか、そんなありきたりの"home"という言葉は、懐かしく暖かみのあるものに変わるのだった。

いまではすっかりなつかしくなったオバマの「職権ご乱用」の映像。このホワイトハウスの音楽のシリーズでは、お気に入りのミュージシャンに囲まれて、しまいには自分が熱唱。音楽という自由がある限り、世界中どんな場所でも生きていけると思うのは、私の楽観論だろうか。オバマの”home”は、こんな音楽が聴こえてくる、アメリカだったのだろう。





オバマとは、同じ時代に生きているという以外共通点のない、私の話。海外の過酷な環境で酷使して、ぶっこわれたMacは、帰国したときには、うんともすんとも言わず、そのうち時間は過ぎていきMacもソフトもドライバーもアップデートされてすべての楽器と接続できなくなって、おしゃれなアルミのゴミと化していた。音楽に戻ろうにも、浦島太郎のように途方にくれて(本人に会ったことはないけど、おそらく)、どこから手をつけていいのかさっぱりわからなかった。さて、どうやって”home”に帰ればいいのか。オバマみたいに政府専用ジェットはないのよ。先週のこと。京都のサクラダさんから宅急便が届く。開けると、ぶっこわれたMacと同じ時代の同じ型のマシンが入っていた。

きゃっほー!

こうして今年はnotebookを月末に更新しながら、2018年4月までの全12回限定で、文章を書いて更新します。更新日は、毎月最終日です。次回の更新は、6月30日です。
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2017年04月09日

イースター記念日(ブログ再開のお知らせ)

当ブログを再開します。これからは毎月、最終日に更新します。
初回更新は、2017年5月31日です。
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2010年11月04日

Ultimatum(最後の言葉)!!!

みねまいこです。

2010年11月3日をもちましてブログをやめて、これからは、ライブ活動や、もっとたくさんのジャンルに挑戦して行きたいと思っています。これからも応援をよろしくお願いします。

2010年11月3日

おまけetc



1)2010年3月28日沖縄国際アジア音楽祭(6分30秒頃に出るよ)
2)2010年12月19日(日)東京渋谷でのライブお知らせ
3)2010年12月10日 みねまいの曲がカバーされたアイドルのアルバムの発売のお知らせ
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2010年09月01日

お知らせ

事情により2ヶ月間、連載を休みます。次回の更新は、11月3日(水)です。
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2010年08月25日

興南野球部

甲子園を見ていたら、音楽がおもしろかった。なので、メモをとりながら試合を見た。沖縄代表の興南高校は、基本的には沖縄メドレーだ。それとプラス、選手のリクエスト曲に応じて、バッターボックスに入るときの個々のテーマソングらしき曲が流れる。国吉大陸選手の打順では、「情熱大陸」の曲が流れる。きっとそれは選手の名前が「大陸」だということで、本人がシャレでリクエストしているのだろう。しかも、これが流れると本人が高い確率でヒットを打つわけ。このまっしぐらな明るさが良い。

決勝戦、東海大付属相模は、音が重厚で演奏は上手かったのに、曲のレパートリーが練られていなかったのが非常に残念だった。鉄腕アトムのテーマや、山本リンダさんの「狙いうち」、ピンク・レディーやフィンガー5の曲、昔の曲のオンパレードで、2010年の野球少年が感情移入するとは思えない。本当にびっくりしたのは、アルプスいちまんじゃくが流れたこと。思わず野球じゃなくて、隣の人と、手を重ねて遊んでしまいそうだ。極めつけは、「郵便馬車(クシコス・ポスト)」、重ねていうけども演奏は上手だったが、これなんか150年前くらいの曲だものね。

新しいものが良いとは限らない。しかし耳から入る音と心は同じなので、18歳の人間が聞こえる音を出さないと、心が動かないし、あの甲子園球場の空間を支配できないと思った。

もうひとつ気がついたのは、甲子園は、文化の衝突だということだ。北と南、東京と地方、関西と関東、本土と沖縄、そんなふうに試合では、文化の対抗軸が衝突しているのだ。興南の選手が「沖縄県民の皆さん、ありがとうございました」と言うときの「県民」には、すなわち歴史が含まれている。



うーん。ごめんなさい、途中までしか、書けませんでした。
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2010年08月18日

ファッションを語る(3)

お盆明けの夜、電話がかかる。なんでも私の男性の友人が、ビートたけしの、とある番組から出演依頼がきたらしい。他人ごとながら、とてもうれしい。

さあ、そこで私の出番だ。いったいその友人がどんな服を着て、テレビでビートたけしと話をするべきか?お節介やきの私があれやこれや、一張羅の服をコーディネートしてあげて、それでも決まらず、結局私は眠りながら、洋服のことだけを真剣に考えていた。

翌朝、番組制作の方から連絡があって、深夜の会議で企画自体が流れたという。それは残念だったし、声にならない声、短いためいきを、その場にいた数人が、誰それとなくついたのだった(でもこういうことは、よくあることだ)。

ところで、私が驚いたのは、今回は自分のことではなかったけども、最優先して「洋服のことだけ」つまり「外見をどのように人に見せたいのか」ということしか、自分が考えていなかったことだ。私の外見重視的態度は、筋金入りなのだろう。

外見で全部決まる。どんな服を選んだのかは、何を考えているのかということのあらわれであって、すごい服を着た者たちは、空間から浮くけども、同時にそこを支配することができる。

でもやられちゃっているんだ。ユニクロと、高級ブランド、この2つの路線に。一方で私が、ニューオリンズで見つけた、すごいと思うファッションはこちら。他人(ネイティブアメリカンの)の民族衣裳を、好き勝手に自分たちでアレンジして着ていた。そこには二つの行程があるので、そこに意表をつかれる。

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でも、この格好では、バスにはなかなか乗りにくい。そこが問題だ。

閑話休題。

年月や気候風土の中で生き残って来たような民族衣裳にしか、空間を支配する力は残されていないのだろうか?そこで、モンゴルの民族衣裳で、本日のエッセイを終わりにする。

福岡にあるモンゴル料理の店のゲルにて。モンゴル系のお店の方にのせられて、彼らの衣裳に着替えてしまった(安易に族衣装を何も考えないで着ることほど、みっともないことはない!と言ったことがあるけど、私ったら幸せそうだ)。

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ファッションを語る(1)
http://minemaiko.sblo.jp/article/35557330.html

ファッションを語る(2)
http://minemaiko.sblo.jp/article/35942537.html
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2010年08月11日

ポルコ

福岡賢正さんという、毎日新聞の名物記者から、連絡をいただきました(彼は、『紅の豚』に出て来る、ポルコにそっくりのセクシーな方。彼から以前一度、インタビューされたときには、「一言でも、間違いを言ってみろ。おまえ。」というような、気迫に満ち満ちており、そのペン先の緊張感は本物だと思った)。

2007年4月から2010年2月まで毎日新聞(九州版かもしれない)に、福岡賢正さんが連載していた「平和をたずねて」というコラムが『小さき者たちの戦争』『小さき者として語る平和』という2冊の本になった。このコラムは、戦争が楽しかった、と答えているおじいさんの話があったりして(本の中に収録しているかどうかはわかりません)、読むのにとても苦しかった。鹿児島の南方新社という小さな出版社から出ているそうです。終戦記念日に、読みたいと思う。

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2010年08月04日

少しのワインと海、そして恋人、それがあればいい

ギリシャで始まった運転手組合(ガソリンを運ぶタンクローリー)がギリシャ政府の営業免許制度改革に反発して起こした無期限デモとストが終わった。1週間弱、全国の交通、運送、社会生活が麻痺していたそうだが、そのニュースを耳にして、数ヶ月前の新聞を思い出した(いくつかの新聞から、面白い記事は毎日スクラップにしている)。これはギリシャの「デモ犬」について触れられた記事だ。デモ犬って何だろう?


2010年5月28日(金)朝日新聞 朝刊14面
ギリシャ危機 スローライフ共感と違和感
 ローマ支局長 南島信也@アテネ
「少しのワインと海、そして恋人、それがあればいい」

 ギリシャで歌い継がれている曲の歌詞だ。多くは求めないけど、楽しい日々を送りたい__そんなギリシャ人の気質がよく表れている。
 世界経済を揺るがしているギリシャ危機の取材のため、今年になってすでに7回アテネを訪れている。そのたびに、ギリシャ流ライフスタイルへの共感と、そして違和感を覚える。
 デモや暴動を取材しながら、必ず犬が参加していることに気づいた。「デモ犬」「暴動犬」と呼ばれている。そのうちの一匹が雑種の「テオロドス」。普段はファストフード店の前などでは一日中ゴロリと横になって、市民や観光客からポテトなどをおすそ分けしてもらうから食うには困らない。
 もともとアテネには野良犬が多かった。五輪前年の2003年に市が2千匹捕獲したが、動物愛護の観点から処分せずに、狂犬病などの注射を打って名札付き首輪をして町に戻した。町ぐるみで犬を飼っていることになる。だがひとたびデモになると、先頭に立って武装警官に激しくほえかかる。
 不謹慎なのは十分承知しているが、テオロドスとギリシャ人の姿がだぶって見えて仕方がない。決してぜいたくではないものの、世界中の人があこがれる「スローライフ」を送ってきた国民は、国家が破綻のふちにありながらなお、「緊縮策を撤回しろ」「欧州連合(EU)、国際通貨基金(IMF)は出て行け」と叫び、ストライキやデモを繰り返す。社会不安の影響で観光客は激減し、国内総生産(GDP)の2倍を支える観光業は大打撃を受けている。(以下、略。)


アテネ市が犬を放し、町ぐるみで犬を飼い、そして有事の際には、その犬を先頭にしたデモが警察(政府)に文字通り「歯向かう」。犬も、有事の際には、誰が命を助けてくれたのかをわかっていて、アテネ市のために、国家と戦うのだろう。

この記者さんの論調は、最後に「強すぎる権利意識と無責任な政治の下、南欧のスローライフが、もはや『夢物語』になりつつある。」と締めくくられており、ギリシャのデモに対して微妙なマイナス感覚で終わる。

この記事の中でほかにあったのは、勤勉なドイツ国民は、ギリシャにいら立ち(目に浮かぶようだ)、EUの経済支援に消極的だったとのこと。一方、イタリアは、困っているギリシャを助けるのは、同じヨーロッパ人として当然だし、ギリシャ人の抵抗(デモ)にも共感する、という意見もあったとのこと。同じEUでも、温度差が大きい。

私が思うに、ギリシャはきっとまだ、「喜劇」と「悲劇」を上演しているのだ。デモ犬も一人の役者なのだ。そう考えたら、この破綻(まだ破綻していないけど)や、無政府状態(に近い状態)は、なるほど納得がいくわけ。

私の仮説が正しければ、このギリシャのこの大掛かりな「演劇」には、救援ではなく、観劇料を払うべきかもしれない。犬までがばうばう出演して、デモ隊も、武装警官も、まるでフィクションのようだ。しかもどこまで無茶をやれば国家が破綻するのか?そんな勇気ある限界に挑戦してくれている(笑)。こんなストーリーが生まれること自体、日本ではありえない(他の国でもあり得ないだろう)。

日本は、そこまで肝が据わっていないけどせめて、虐待や、鬱病や、自殺、内にこもった怒りよりも、ギリシャのような、外に向かって発散するカオスと狂気に向かって行って欲しい(少なくとも私は、内よりも、外に向かう演劇をめざしたい)。

ギリシャは半分か、3分の1(正確な数字ではないけど、驚きの数字だったのはたしかです)が国家公務員だと聞いている。それで、世界中からも批難されていた(なおかつ、もうバレたけど、国家の借金も隠していたわけだ)。イタリアもみんな税金を払わないものだから、国家が破綻する、破綻するといわれて久しいけれど、破綻していない。結局、借金は数字のことなのだ。数字でしかないのだろう。

だから、ワインと海と恋人だけが実態で、その他のことは形態でしかないんだワン。犬が反政府に立つのはあたりまえ、集団としての犬は、市民の立場に立ちますワン。
みねまいこは、AKAIのサンプラーを手に入れて、無敵になったワン。たぶんね。
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2010年07月28日

ガソリン

友人の男性から電話があって、セルフ式のガソリンスタンドで、やり方がよくわからなくって、大量にガソリンをジャブジャブ、スポーツカーの周りにこぼしてしまったとのこと。素知らぬ顔で職場の会議に2本出たけど、服にガソリンがたくさんついてしまい、においも気になったけど、やっぱり素知らぬ顔をした。しかし、会議があまりにしょうもなかったものだから、僕はね、このガソリンを浴びた服に火をつけて燃えてしまおうか?と考えたんだよ、と言った。

しばらくして、同じ人からまた電話があって、今度はどなっていた。「さっき死刑が執行された!法務省も、千葉も、民主党も馬鹿野郎」そう。千葉大臣、彼女は死刑反対論者だったはずなのに、180度違うことがどうしてできたのだろうか?死刑までの経緯が出てきてはいるけども、どれを読んでも、理由にならない。「私の」気分が悪い。

私が死刑を行使したのと同じことだからだ。だから、私が死刑を許可して、執行に加担したのと同じことだ。間接的に、自分が人を殺したのに、どうして幸せになれるだろう?
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