2006年09月18日

2006 World Tour in Barcelona (3) ライブの日

昼にSnigelと同行記者団と私のホテルのロビーで待ち合わせをして、それから全員でランブラ通りを歩いて緑色の地中海へ向かった。夜のライブに向けての準備は、日本を立つ前に万全にしておいたから、別にこれから慌ててすることは何も残っていなかった。海へ着くととりあえず水族館に入る。遊んでいても、どこかうわの空。レストランで食事をする。うわの空。というか、緊張してるのか、妙にお腹が痛い。

「Snigel〜お腹が痛て〜よ〜さすがに今日は緊張してるんだよ〜」と私がついに泣き言をいうと、すかさずテーブルの向う側から身を乗り出して「生理か?」と聞く。思わず吹き出す。ふと思い出して「そういやあんたの携帯番号忘れた、ここで紙に書いてちょうだい」と頼むと、Snigelはペンで『KT 000-0000-0000』と書いている。「このKTって何の略?あんたの彼女の名前?ケイティとか....?」「いや、携帯の略」思わず脱力。みんなで、出て来たパエリアをむしゃむしゃ食べた。

海辺で遊んでいたら、あっという間に午後5時。Snigelはダブリンに飛行機で戻る時間になった。ランブラ通りの地下鉄の駅の入り口で別れる。もうここからは、私1人だ。午後6時。会場『jazz si』へ到着する。扉を開けると、第一出演者のバンドがセッティング中だった。あのー。私はいつリハーサルしたらいいのでしょう。聞けども聞けども全員忙しいしスペイン語しか話さないので、さっぱり事情がわからない。そのうちに客がなだれ込み、あっと言う間に演奏が始った。私はとにかく他人の演奏を聞くことにした。

この日メインで歌った女性はマライヤキャリーの唄いまわしにシャキーラのリズムセンスとキレを足して2で割って2割り引きにしたレベル。それって生で聴くと完璧で超上手いってことだ。しかも美人でスタイル抜群。足長いな。一度だけ音程が甘く入ったけど、すぐに取りかえしてねじ込んで、最後は大団円へと持って行くすごい力技。なかなかこんなボーカリストは日本にはいない。獣のような色気もある。すごいなー。後で知ったけど、今バルセロナ1乗ってる歌手だと。で、私はあれと勝負しろってか?彼女が獣系だったら、こっちは所詮ハニワとかの泥人形系だぞ。まあ、そこまで自分を卑下することもないけど。

昨夜会っておいたカルロスゴーン似のおっちゃんが、会場で私を見つけて手を振る。私も軽く手を振る。そうだ私の出番は近いのだ。楽屋に入らねば。楽屋というのは、じつは店のキッチンの奥で、出演者はそこで支度をしている。すると店の飲食担当のオヤジが、私がそこにいるのがジャマだと言う。スペイン語だけど、私に何か文句を言ってるのはわかる。どうも私の機材を置いていた場所が気に入らなかったらしい。私は機材をどけた。それでもまだあーだこーだ私に文句を言う。最初は確かに仕事のジャマをしたとは思った。でもそこまで叱られることはしていないと思った。彼は私に忙しいのを八つ当たりしているとしか思えなかった。

でもスペイン語でなんて言い返せばいいのだ?私は傍にあった業務用冷蔵庫を、力の限り自分の手のひらで叩き付けた。そして相手が怯んだのを見計らって、知ってる数少ないスペイン語の単語をつなげて「ペルドン!ムーチョ、ペルドン!(悪かった!いっぱい、悪かった!)」と腹の底から怒鳴って言った。するとその愚痴オヤジはびびって、いや、自分は何もそこまで謝ってもらおうとは思っていなかったしなんてことを言うと、店のカウンターへ出て行った。こちとら日本から来てるんだ。他人に謝罪するのは慣れているんだぞ。そんなとき、さっきの獣系のボーカルのステージが終わった。

彼女が私の方へ近づいてくる。「あなたがみねまいこさん?よろしく。今夜私がここをとりしきっています。演奏はどうやってなさる?そう、機材持ち込みね。1人でなさる?わかったわ。私以外英語はしゃべれないから、私が全て通訳します。安心してね。何曲やれそう?私、今夜10時までほぼ出ずっぱりで歌わねばならなかったの。あなたが手伝ってくれると助かるわ。」すごく性格のよい人だった。あと数曲別のバンドがやったら私の番ということに。

いよいよ私の番が来た。アナウンスがかかる「みねまいこ〜。」はいはい私です。ステージへ出る。すると問題が発生。さっきの愚痴オヤジがステージの脇にやってきて「テクノはだめだ!音楽じゃない!そいつに演奏させるな!」と叫んでいる。獣系のボーカルが「どうする?エレクトリックな音楽はダメみたい。ミュージシャンは生の楽器を演奏するものなのよ。」じゃあなんで最初にそれを言ってくれない、でもこのライブハウスの所有するノルトリードのシンセは電子音楽だろうが。と思ったけど、そこで演奏を押し通すまでのエゴと強さは私にはなかった。

私はステージを降りた。でもアナウンスはかかったし、私がさっき出て行ったときにわかったのは、一瞬、客が私に期待したってことだ。2階までもうぎゅうぎゅうの客の入りで、誰も動けないくらい満員なのだ。楽屋に戻り、パニックに陥る。その間、別のバンドがさっと出て、フュージョンを演奏してくれていた。キーボードの人が私を追っかけて来て英語の単語を並べて私に話し掛ける。「君の曲、演奏できなくて残念だろうけどもし僕らの知ってるポップスとかだったら、演奏できるんだよ。それを一緒にらやないかい?」「ここまで来て自分の曲をやらなくてどうするの!私の曲の楽譜を見て初見でわかる?」「やってみる」

そして時間との戦いが始った。焦る。汗が出る。店の床に落ちていた紙切れの裏に、私の作った曲の中でもっとも単純なコードの曲『微熱』の楽譜を書いた。初見で弾くに最も適した簡単なキーに原曲から移調させた。そうすると、もっとも高いところで私が苦しくなってしまうが、私の音域ならきっとやれる。前のバンドの演奏が終わる。間に合った!私は全速力で走ってステージに上がる。再度アナウンスがある。「みねまいこ〜」ステージの上で楽譜を見せて、ドラム、ベース、キーボード、サキスフォンの全員に、音楽用語を使って短く曲の構成を伝える。その間10秒くらい。会場はざわざわしていた。客席が静かになるのを待つのはお門違いだ。私が待たせたのだから。すぐにやろう。

目で合図を送ると、ドラムのカウントから、ベース、キーボードが静かに始める。出だしを聴いて、よしこれならいける。こいつら下手じゃないと思った。私も最初のフレーズを出す。この歌は日本語だ。誰も意味がわからない。だから自分の持っている最大限の声の周波数を集めて、音として耳に残るようにする。こんな努力は日本ではしたことがない。だって、歌詞が聴こえればそれを理解することで、それでゆるされるのだから。よし、日本でもこのやり方をやってみるべきだ。相当に焦りながら歌っているのに、どこかで冷静にそんなことを考えている。私は歌っている最中、歌とは全く逆で、悪魔のように全く冷めているのだ。

私が高音にさしかかると、待ってましたとばかりにドラムが強く深い音でシンバルを叩ききって行く。ベースは自由にドライブする。キーボードは手堅くいい音を選んでいた。サックスはボーカルを完全にサポートしようという意図が伝わるフレーズで、ボーカルとちょうど対になるような関係性のフレーズを吹き捲くっていた。よし、あんたらがそのつもりなら、こっちはその上をいってやるってなことで、私は叫びっぱなし。あんまりやりすぎるのもなんだしね、ということでサックスソロをまかせることに。お前が行け。と私が目で合図して言う。すると瞬時にバンドも察知して、サックスソロの為にまとめ始めた。曲調が変わったことで会場から私への拍手。もう完全に会場は一体になっていた。

サックスが持ちネタらしいフレーズをすべて出し終わりかけると、彼が目で「もうダメっす。」と私に合図。よし、後は私にまかせとけ。サックスの音が引いた瞬間、観客からはサックスへの賛辞の拍手。そして再び私が歌い出す。そのころには、聴いたことのない曲になっていた。後半へさしかかる。もうこうなったら、やれることをすべてやろう。私は全てアドリブにして、低い音域から、高い音域まで、約3オクターブを使って表現した。何を? 私はものすごく生きているってことを。

もっとも後半は音が速くシャープに軽くキラキラと走った。自分でもうるさいよなーと冷静に考えつつ、それでも叫ぶのをやめなかった。キーボードが何かフレーズを弾き始めたので、私はそれとはちょっと合わないとは知りつつ、原曲のメロディを日本語で繰り返した。キーボードはそれが邪魔のように感じたようだけど、私の感覚を信じろと声の調子でねじ伏せた。それにそれはなかなか面白い効果だったと自分でも思う。そして、背中で「もう終わろうか」と全員に伝えた。なんでそんなことができるのかは知らない。でも、相手も私の言わんとすることを理解するのだ。だんだん音が小さくなって、私の意図して伸ばした日本語の最後の一音が長めに残って、演奏は終わった。長い演奏だった。1時間くらいやったように思う。でも10分くらいか。

ステージから観客に挨拶をする。拍手喝采の中、一夜漬けのスペイン語で喋る。そして、英語でも話す。なぜか観客はどっと笑う。私は自分が言っている内容が面白いとも思えないし、彼らが私のスペイン語の発音が悪くてバカにして笑っているとも思えない。でも不思議とみんな爆笑していた。これで演奏がウケなかったら髪をつかまれ唾を吐かれた気がする。そんな種類の客層だった。仮に彼らに唾を吐かれても、私もホテルの部屋から唾落としてたから別にいいんだけど。

不意に、獣系のボーカルがステージにずかずかと上ってきて耳もとで「これで降りてちょうだい。後がつかえてんのよ。」と言った。私は他にもまだ曲をやってよかったはず。でもそのことは、ここで演奏した最高の御褒美だと思った。つまり彼女は最初私のことを下に見ていたから優しくしてくれた。そしてその後、私のことを彼女と同等か、危険人物と思ったからステージから降ろしたのだと思った。

その晩アイルランドに着いた頃のSnigelに電話。出なかったので留守電に報告する。日本でも応援してくれている人がいて、ランブラ通りの公衆電話からかけよう、日本は明け方だけど寝てるのを起こしても別によかろうと思ってコインを入れたけど、電話番号をそういえば覚えていなかった。コインが落ちて来た。深夜でもランブラ通りはアイスクリーム屋が開いている。アイスクリームを買って、食べながら歩く。さあこれから、ひとりで打ち上げた。(18/09/06)
posted by minemai at 00:00| Comment(0) | 日記
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