2009年11月04日

ミノタウロス語族

ハロウィンがあって、友人のyuriさんらとキャナルシティという博多のショッピングモールの噴水前に集まる。今年の私は、ミノタウロス(顔が牛で、体が筋肉ムキムキの男、という怪物)になることにした。ミノタウロスは、ピカソの絵にもよく出てくる。「お母さんが王妃で、お父さんが牛という、強烈な出生の持ち主。好きな食べ物は人肉。迷宮(ラビュリントス=ラビリンス)に閉じ込められていて、アテナイの正義面したヒーローに退治されてしまった...らしい。」※以上、カギ括弧は百科事典『マイペディア』を参照した上で、自由気ままな解釈を付け加えています。

私はその出生の悲しみと怒りを、全身で表現してみたのだった。隣はバニーガール、猫。そしてジェイソン君。ミノタウロスに、血染めのTシャツを、真っ赤なシャネルのマニュキュア(No.159 FIRE)で製作したけど、結局のところ、顔が牛なんだか?馬なんだか、ただのよくわからない生き物になってしまった(笑)。
20091031200016.jpg(撮影:yuriさん)

二次会は、先日行ったチェコの人形(化け猫)を使って皆さんの前で出し物を。というわけで、そんじょそこらのハロウィン騒ぎと一緒にしてもらっちゃ困るんだよね。
20091031203240.jpg(撮影:yuriさん)

今回ミノタウロスになってみてわかったことは、人間って、いい(相田みつをみたいですが)。お風呂にも入れるし、白いシーツのついたお布団もあるし、加熱した料理、洋服も美しい、いちばんすごいのは、人間って笑ったりできるんだ!(by ミノタウロス)顔が牛だと、初めて気がついたけど、にっこり笑えないんだよ。表情にまったく乏しくって。これがミノタウロスのいちばんの不幸ではないかと思う。意志が伝わらない(伝えない)というのは、いっさいの人間関係が途切れるということで、とても切ないことだ。ああ、納得。だからミノタウロスは暴れたんだよね。

人生の必要に迫られて、生まれて初めて語学学校に通い始めることにした。これまで私は家で独り言を英語で言って、英会話を習得してきたが(暗いヤツ)、そのやり方では限界がついに来たのだった。入学テストが思いのほかとても良い成績だったので、最高難易度の「同時通訳クラス」に入ることになった。ヘッドフォンをつけて日→英、英→日に片っ端から訳していく。ひとつ前の話を別の言語に変換し声に出しながら、一方で現在耳から入ってくる新しい話をメモして記憶して次の準備をする。とまあ、脳の回路がみごとに分裂した作業だ。

しかし外国語なんて、人間と牛という異なる種をひとつの体でひきうけたミノタウロスと同じようなもんだ。言語/国境/文化/ありとあらゆる分裂をひきうけて、怪物のように生き続けるしかない。外国語だけじゃない。2つ3つの矛盾や分裂は私の専売特許ではなかったか?これを私はミノタウロス語族と呼ぼう。なんか、かっこいいぞ。止めてくれるな、おっかさん。おっとさん(父親は牛だけど)。突き進むべし。

ところで、最大級のミノタウロスが日本に1人残っていることを私は知っている。彼こそが真の怪物だ。疑いようもなく今世紀最大だし、その思想は化け物だ。怪物だ。50、60の年齢の差は関係ない(怪物だから)。さあ!ミノタウロス氏に会って結婚したいわ!と、みねまいこミノタウロスは考えるのであった。どうせ生きるなら、ダビデのように、ソロモンのように、ミノタウロスのように。言っていることの意味は不明だとしても、私は平気。何だってかまわない。きゃ(最後だけは可愛く)。

只今、私の最初の本(共著)は校正中です。出版日が決まったら、お伝えします。
posted by minemai at 23:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
はじめての書き込みです。
こんにちは。
JapaPoohと申します。よろしくお願いします。

同時通訳コース。かつては同時通訳という響きに凄く憧れた時期があります。国際会議などで同時通訳者がいると会議の内容より通訳者が何をやっているのかばかりが気になりそっちしか見ていなかったことがあります。(会議に出た意味がない)さかんにメモ(速記)を取っていたのが印象的でした。

自作自演の一人英会話。これをやっていると言うと一般からはかなり変人扱いをされますが、効果は絶大です。私もその一人です。(=変人?)元々は私の英語の恩師が英語モードの鍛え方ということで学生時代に教えてくれました。恩師曰く、現在でも相変わらず自分一人でしょっちゅうシャドウ会話や一人芝居で鍛錬しているとのことでした。(まぁ、英語の方は物凄い方なのですが)

仕事で英語を使わざるを得ないような時、事前に私は厳密な状況想定をして数人の配役をひとりで全てやったりします。シミュレーションですね。こういう意見を出したらとか、突然、コーヒーブレークを入れて休憩タイムにして、こんどは雑談のシミュレーションまでする(爆)という念の入れよう。現実にはそのようには行かないことが殆どです。それでも、様々な実りや発見をもたらします。それは別の自分にあって会話しているような錯覚さえおこさせます。(だから変人なんだ、って?)

ある意味、脳の多角多面活用です。
英語という言語的側面以上に英語を使う脳の覚醒あるいは意識付けだと私は思っています。言語も使っていないとどんどん衰えていくものですし、殆どスポーツに近いとさえ感じます。英語を言語という範疇押し込めるのではなく人間的な反応や日常、生理的、機能的に近い次元まで引きずり出さなければ自分の感覚や理解という腑に落とせないものなのでは、と。

日本語の時は日本語脳、英語の時は英語脳ではありませんが私は自分の中に間違いなくこれら2つが別個の存在としてあることを意識することがあります。みねさんも、そういう感覚はすでにおありだと思います。より英語をありのまま丸ごとかっ食らう勢いでガツンといってください。

日本の街中で人とちょっとぶつかったとき「すみません」よりExcuse meやSorryあたりが瞬時にでればその時はみねさん、英語タウロス状態です。(笑)

ミノタウロスではありませんが、人間も様々な多重性を抱え持った生物ですね。それは外見ではなく、まさに脳内での形を無限に変える、分裂、同化、葛藤でその共存なのだと思うのです。

つまらぬことを、長々と失礼いたしました。
Posted by JapaPooh at 2009年11月08日 10:08
こんにちは!書き込みをどうもありがとうございました。

JapaPoohさんは、英語、もしくは外国語の習得がお好き&得意なのですか?すごいですね。私はぜんぜんですね(笑)。そもそもイギリスに行けば、全員、ビートたけしの言い方でいえば「乞食だって、英語しゃべってんじゃねーか。」みんな流暢に英語を話しているんだもの。だからもう必要最低限でいいよって(笑)。期待はずれなコメントだったらごめんなさい。私の場合、英語自体にはあまり興味が。。。ぶつぶつぶつ。

プロゴルファーの青木は、ぜんぶ日本語でツアーに回っていたそうです。「オレぜんぜん英語できない」って。だから彼は、ぜんぶ日本語!で他国の選手に話をして、最後に「わかったか?」ってきくんだって。そしたら相手も「うん」って言っちゃうそうです。それが私の理想(笑)。

でも、せっかく応援していただいたのだから、感謝。ありがとう。また、遊びに来て下さいね!
Posted by みね at 2009年11月12日 01:22
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