2010年08月25日

興南野球部

甲子園を見ていたら、音楽がおもしろかった。なので、メモをとりながら試合を見た。沖縄代表の興南高校は、基本的には沖縄メドレーだ。それとプラス、選手のリクエスト曲に応じて、バッターボックスに入るときの個々のテーマソングらしき曲が流れる。国吉大陸選手の打順では、「情熱大陸」の曲が流れる。きっとそれは選手の名前が「大陸」だということで、本人がシャレでリクエストしているのだろう。しかも、これが流れると本人が高い確率でヒットを打つわけ。このまっしぐらな明るさが良い。

決勝戦、東海大付属相模は、音が重厚で演奏は上手かったのに、曲のレパートリーが練られていなかったのが非常に残念だった。鉄腕アトムのテーマや、山本リンダさんの「狙いうち」、ピンク・レディーやフィンガー5の曲、昔の曲のオンパレードで、2010年の野球少年が感情移入するとは思えない。本当にびっくりしたのは、アルプスいちまんじゃくが流れたこと。思わず野球じゃなくて、隣の人と、手を重ねて遊んでしまいそうだ。極めつけは、「郵便馬車(クシコス・ポスト)」、重ねていうけども演奏は上手だったが、これなんか150年前くらいの曲だものね。

新しいものが良いとは限らない。しかし耳から入る音と心は同じなので、18歳の人間が聞こえる音を出さないと、心が動かないし、あの甲子園球場の空間を支配できないと思った。

もうひとつ気がついたのは、甲子園は、文化の衝突だということだ。北と南、東京と地方、関西と関東、本土と沖縄、そんなふうに試合では、文化の対抗軸が衝突しているのだ。興南の選手が「沖縄県民の皆さん、ありがとうございました」と言うときの「県民」には、すなわち歴史が含まれている。



うーん。ごめんなさい、途中までしか、書けませんでした。
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2010年08月18日

ファッションを語る(3)

お盆明けの夜、電話がかかる。なんでも私の男性の友人が、ビートたけしの、とある番組から出演依頼がきたらしい。他人ごとながら、とてもうれしい。

さあ、そこで私の出番だ。いったいその友人がどんな服を着て、テレビでビートたけしと話をするべきか?お節介やきの私があれやこれや、一張羅の服をコーディネートしてあげて、それでも決まらず、結局私は眠りながら、洋服のことだけを真剣に考えていた。

翌朝、番組制作の方から連絡があって、深夜の会議で企画自体が流れたという。それは残念だったし、声にならない声、短いためいきを、その場にいた数人が、誰それとなくついたのだった(でもこういうことは、よくあることだ)。

ところで、私が驚いたのは、今回は自分のことではなかったけども、最優先して「洋服のことだけ」つまり「外見をどのように人に見せたいのか」ということしか、自分が考えていなかったことだ。私の外見重視的態度は、筋金入りなのだろう。

外見で全部決まる。どんな服を選んだのかは、何を考えているのかということのあらわれであって、すごい服を着た者たちは、空間から浮くけども、同時にそこを支配することができる。

でもやられちゃっているんだ。ユニクロと、高級ブランド、この2つの路線に。一方で私が、ニューオリンズで見つけた、すごいと思うファッションはこちら。他人(ネイティブアメリカンの)の民族衣裳を、好き勝手に自分たちでアレンジして着ていた。そこには二つの行程があるので、そこに意表をつかれる。

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でも、この格好では、バスにはなかなか乗りにくい。そこが問題だ。

閑話休題。

年月や気候風土の中で生き残って来たような民族衣裳にしか、空間を支配する力は残されていないのだろうか?そこで、モンゴルの民族衣裳で、本日のエッセイを終わりにする。

福岡にあるモンゴル料理の店のゲルにて。モンゴル系のお店の方にのせられて、彼らの衣裳に着替えてしまった(安易に族衣装を何も考えないで着ることほど、みっともないことはない!と言ったことがあるけど、私ったら幸せそうだ)。

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ファッションを語る(1)
http://minemaiko.sblo.jp/article/35557330.html

ファッションを語る(2)
http://minemaiko.sblo.jp/article/35942537.html
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2010年08月11日

ポルコ

福岡賢正さんという、毎日新聞の名物記者から、連絡をいただきました(彼は、『紅の豚』に出て来る、ポルコにそっくりのセクシーな方。彼から以前一度、インタビューされたときには、「一言でも、間違いを言ってみろ。おまえ。」というような、気迫に満ち満ちており、そのペン先の緊張感は本物だと思った)。

2007年4月から2010年2月まで毎日新聞(九州版かもしれない)に、福岡賢正さんが連載していた「平和をたずねて」というコラムが『小さき者たちの戦争』『小さき者として語る平和』という2冊の本になった。このコラムは、戦争が楽しかった、と答えているおじいさんの話があったりして(本の中に収録しているかどうかはわかりません)、読むのにとても苦しかった。鹿児島の南方新社という小さな出版社から出ているそうです。終戦記念日に、読みたいと思う。

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2010年08月04日

少しのワインと海、そして恋人、それがあればいい

ギリシャで始まった運転手組合(ガソリンを運ぶタンクローリー)がギリシャ政府の営業免許制度改革に反発して起こした無期限デモとストが終わった。1週間弱、全国の交通、運送、社会生活が麻痺していたそうだが、そのニュースを耳にして、数ヶ月前の新聞を思い出した(いくつかの新聞から、面白い記事は毎日スクラップにしている)。これはギリシャの「デモ犬」について触れられた記事だ。デモ犬って何だろう?


2010年5月28日(金)朝日新聞 朝刊14面
ギリシャ危機 スローライフ共感と違和感
 ローマ支局長 南島信也@アテネ
「少しのワインと海、そして恋人、それがあればいい」

 ギリシャで歌い継がれている曲の歌詞だ。多くは求めないけど、楽しい日々を送りたい__そんなギリシャ人の気質がよく表れている。
 世界経済を揺るがしているギリシャ危機の取材のため、今年になってすでに7回アテネを訪れている。そのたびに、ギリシャ流ライフスタイルへの共感と、そして違和感を覚える。
 デモや暴動を取材しながら、必ず犬が参加していることに気づいた。「デモ犬」「暴動犬」と呼ばれている。そのうちの一匹が雑種の「テオロドス」。普段はファストフード店の前などでは一日中ゴロリと横になって、市民や観光客からポテトなどをおすそ分けしてもらうから食うには困らない。
 もともとアテネには野良犬が多かった。五輪前年の2003年に市が2千匹捕獲したが、動物愛護の観点から処分せずに、狂犬病などの注射を打って名札付き首輪をして町に戻した。町ぐるみで犬を飼っていることになる。だがひとたびデモになると、先頭に立って武装警官に激しくほえかかる。
 不謹慎なのは十分承知しているが、テオロドスとギリシャ人の姿がだぶって見えて仕方がない。決してぜいたくではないものの、世界中の人があこがれる「スローライフ」を送ってきた国民は、国家が破綻のふちにありながらなお、「緊縮策を撤回しろ」「欧州連合(EU)、国際通貨基金(IMF)は出て行け」と叫び、ストライキやデモを繰り返す。社会不安の影響で観光客は激減し、国内総生産(GDP)の2倍を支える観光業は大打撃を受けている。(以下、略。)


アテネ市が犬を放し、町ぐるみで犬を飼い、そして有事の際には、その犬を先頭にしたデモが警察(政府)に文字通り「歯向かう」。犬も、有事の際には、誰が命を助けてくれたのかをわかっていて、アテネ市のために、国家と戦うのだろう。

この記者さんの論調は、最後に「強すぎる権利意識と無責任な政治の下、南欧のスローライフが、もはや『夢物語』になりつつある。」と締めくくられており、ギリシャのデモに対して微妙なマイナス感覚で終わる。

この記事の中でほかにあったのは、勤勉なドイツ国民は、ギリシャにいら立ち(目に浮かぶようだ)、EUの経済支援に消極的だったとのこと。一方、イタリアは、困っているギリシャを助けるのは、同じヨーロッパ人として当然だし、ギリシャ人の抵抗(デモ)にも共感する、という意見もあったとのこと。同じEUでも、温度差が大きい。

私が思うに、ギリシャはきっとまだ、「喜劇」と「悲劇」を上演しているのだ。デモ犬も一人の役者なのだ。そう考えたら、この破綻(まだ破綻していないけど)や、無政府状態(に近い状態)は、なるほど納得がいくわけ。

私の仮説が正しければ、このギリシャのこの大掛かりな「演劇」には、救援ではなく、観劇料を払うべきかもしれない。犬までがばうばう出演して、デモ隊も、武装警官も、まるでフィクションのようだ。しかもどこまで無茶をやれば国家が破綻するのか?そんな勇気ある限界に挑戦してくれている(笑)。こんなストーリーが生まれること自体、日本ではありえない(他の国でもあり得ないだろう)。

日本は、そこまで肝が据わっていないけどせめて、虐待や、鬱病や、自殺、内にこもった怒りよりも、ギリシャのような、外に向かって発散するカオスと狂気に向かって行って欲しい(少なくとも私は、内よりも、外に向かう演劇をめざしたい)。

ギリシャは半分か、3分の1(正確な数字ではないけど、驚きの数字だったのはたしかです)が国家公務員だと聞いている。それで、世界中からも批難されていた(なおかつ、もうバレたけど、国家の借金も隠していたわけだ)。イタリアもみんな税金を払わないものだから、国家が破綻する、破綻するといわれて久しいけれど、破綻していない。結局、借金は数字のことなのだ。数字でしかないのだろう。

だから、ワインと海と恋人だけが実態で、その他のことは形態でしかないんだワン。犬が反政府に立つのはあたりまえ、集団としての犬は、市民の立場に立ちますワン。
みねまいこは、AKAIのサンプラーを手に入れて、無敵になったワン。たぶんね。
posted by minemai at 00:00| Comment(2) | 日記
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