2010年07月28日

ガソリン

友人の男性から電話があって、セルフ式のガソリンスタンドで、やり方がよくわからなくって、大量にガソリンをジャブジャブ、スポーツカーの周りにこぼしてしまったとのこと。素知らぬ顔で職場の会議に2本出たけど、服にガソリンがたくさんついてしまい、においも気になったけど、やっぱり素知らぬ顔をした。しかし、会議があまりにしょうもなかったものだから、僕はね、このガソリンを浴びた服に火をつけて燃えてしまおうか?と考えたんだよ、と言った。

しばらくして、同じ人からまた電話があって、今度はどなっていた。「さっき死刑が執行された!法務省も、千葉も、民主党も馬鹿野郎」そう。千葉大臣、彼女は死刑反対論者だったはずなのに、180度違うことがどうしてできたのだろうか?死刑までの経緯が出てきてはいるけども、どれを読んでも、理由にならない。「私の」気分が悪い。

私が死刑を行使したのと同じことだからだ。だから、私が死刑を許可して、執行に加担したのと同じことだ。間接的に、自分が人を殺したのに、どうして幸せになれるだろう?
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2010年07月21日

あばよバミューダ海域

前回書いたものは、書いた後で気分の悪さがつきまとい、それがどうしてなのか?と考えていたら、理由は3つ。

1。どんなときにも、他人のことを悪く言ってはいけない。「他人の悪口を言わせたら天才的」という人間もいて、おもしろおかしく、豊かな表現でそこには笑いがあるのだけど、私はあまり向いていない。私ときたら、育ちも良く素直な性格なので、他人の悪口を言ったことがないのだ。なので、柔道着だとかって悪口を言ったこと、それがね。ちょっと良くなかった。たとえその人が、どんなに柔道着しか似合わないとしても(はい、ストーップ)!

2。人から聞いた話で構成される部分が多いこと。実はこの近所の療養所、そこに集まる様々な地域の患者さんたちからの話、さらにその療養所の従事者を経て、私に届いた話だったので、要するに魔のトライアングルの三つ巴的な対立は、究極的にはただの「うわさ話」に還元されてしまう代物だというところ。うわさ話では、だめでしょう。

イスラム教の礼拝に参加して、隣でキムチをわんさと買って帰って家でいただいて、じぶんちのペットをそこで火葬にして(うちの猫は私の放任主義の結果、野生化した。こないだ道でばったり会ったら、私をにらみつけて、その後、林の中に走って消えた)、さらには地域住民の何パーセントかに話を聞く。そこまでしないとダメだと思う。とはいえ自分でリサーチを行うには忙しい身なので、よってそもそもこのような不確かな題材を扱うべきではなかったのだ。

3。自分自身がどこかで嘘だと思っていることを書いてしまったこと。魔のバミューダ海域から、この国の未来が始まると書いたけど(変なにほんご)、それは嘘だと本当は思っていること。まず、そもそも国の未来なんてどうでもいいし、自分の未来の方がはるかに大事。

つぎに、どういう場所から出てくるものであれ、それがおもしろければ「なんだっていい」のである。つまり、この魔のトライアングルからおもしろいものが出てこようが、中央の政治からおもしろいものが出てこようが、おもしろければなんだっていいのだ。逆に結果としてつまらなければ、意味がないんだ。苦労したら苦労しただけ、もしくは複雑怪奇な場所だからこそよいものが出てくるかといえば、そこには因果関係はないと思う。その人の苦労や出自は、その人が作る作品や出てきた思想に、関係ない。

もうちょっといえば、雑誌や新聞のインタビューで、本人の履歴を少し掲載することがあるけども、女性の場合に「子供2人」とかって書いてある。ひどいときには「○○氏との間に男児1人、女児2人」なんて書いてある。子供も、履歴のうちなんだ!とつい笑ってしまう。昔の人たちみたい。名前が「○○の母」みたい。ほかには履歴に「パリ在住」なんて書いてある。住んでいる場所がアイデンティティーの一部だとしたら、その人自身はどういうからっぽな存在なんだろう?と不思議に思う。評価されるのは、その人個人だけだと思う。

よって、バミューダ海域からおもしろいものが出てこようがどうしようが、どうだっていいんだ。「from どこどこ」ってのは、本質に値しない。もちろんどの民族だろうが、何教だろうが、どうでもいいんだ。たとえばメキシコ人で、沖縄三線の名手だったとしてもいいわけ。キリスト教徒で、モスクの天才建築家でもいいわけ。実際はそう簡単ではないだろうけど。

定住には、未来がないって思ってる。私にとっては、むしろ「移動と交通」の方が大事だと思っている。つまり、自分自身が「移動」して、別の何かと「出会う(交通)」ってこと。そういう意味で、魔のトライアングルそれ自体は、魅力のない場所だ。場所そのものは移動できないのだから。

結論として、前回は「この場所はちょっと変わってるね」としか言っていない内容だった。それ以外は、中身がない。したがって、みねまいこをちょっと、巣の中に入れて、しばらく反省させたいと思います。

架空の校長先生からの御達(おたっし)で、1週間の謹慎処分につき、次の更新は8月4日(水)です。
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2010年07月14日

福岡、魔のバミューダ海域、魔のトライアングル

沖縄県の仲井眞県知事から、先日行われた沖縄国際アジア音楽祭の出演のお礼状をいただいた。こういった、最後まで気合いの入った音楽祭というのはどこにもないと思う。また、スタッフの方からの好意的なコメントも届き、来年の日程が出たので、来年もよろしくお願いします!と書かれてあった。もちろんお願いされます!!ふふふふふ。封筒はすでにMUSIX2011に更新されて印刷されてある。2011年3月18日〜20日までの3日間、開催されるとのこと。わかりました。来年のこの日は、予定を開けておきます。そして皆さんも、ぜひ来年一緒に沖縄へ!ちなみに、すでに終了した今年の国際通りでの音源は、ひょっとしたらホームページでUPするかもしれません。

さて。本日はフィールドワークです。

*****

福岡市に、イスラム教徒にとり念願の九州で初めてのモスクが建った。しかしモスクの向かいの、ペット葬儀場が、何枚か張り紙をした。「無断駐車お断り」。
<写真の左がモスク、張り紙は右手のコンクリートの壁です>
Field Work.jpgNO Parking.jpg

一方、このような張り紙を出した当のペット葬儀場は、町の中にあるわけで、動物の火葬とはいえここで行われるのはちょっとと、周辺住民から煙たがられているという(火葬の煙のことではありません、ごめんなさい、ちょっと笑えない冗談でした)。
<写真右手の奥です>
Between.jpg

さらには、モスクの左隣には、謎のキムチ屋さんがある。といっても普通の玄関も外観も普通の民家だ(ん?日本語がへんかな)。そして、車の様子からおそらくヤクザのお兄さんたちではないか?と思われる人たちが立ち寄っては、キムチを買っていく姿がよく目撃される。3時からしか開けますって手書きで玄関に書いてあった。おそらく2時59分まで、仕込みなんだなあ。そして、この謎のキムチ屋さんには、ときどきこんな手書きの看板が出る。「クロネコあります」。子猫が生まれたのかな?

<個人の家なのでキムチ屋さんの写真なし。モスクの写真だけ>
Islam and.....jpg

というわけで、モスクと、ペット葬儀場と、謎のキムチ屋さんがトライアングルをなしているこの一角。私はここのエリアを「福岡、魔のトライアングル、もしくは魔のバミューダ海域」と呼ぶことにした。

モスク、ペット葬儀場、キムチとクロネコを売っている謎の店、すべての存在が際立っていて、それぞれが何かを逸脱している気がする。同時に、3者は雄弁だ。表面上は分かりやすい小競り合いやぶつかり合いをするんではなく、単に「車を止めるな」とか、「ペット火葬」とか、「キムチあります」「クロネコあります」とか、「(アラビア語なので分からないけど)アラビア語で何か書いてある看板」、そんな単純な看板や張り紙のやりとりだけ。それだけで、非常に雄弁に自分を主張している。

私と一緒に福岡でイベントをやっている世界激場の実行委員の聡くんは、その場所を知っていて、いわば、モスクは宗教問題、ペット葬儀場は広い意味での環境問題、謎のキムチ屋さんとヤクザらしきお客は、ひょっとしたら在日の人たちで、それは民族問題といえるかもしれない、と言っていた。彼はこう続けた。残念なのは振り返ったとき、どうして僕らは、在日の人たちと、お互いぶつぶつ言いながら、それでも一緒に生きて行けなかったんだろうか?と。

思い出したのは、高橋竹山さんだ。彼は言わずとしれた津軽三味線の名手だけど、彼は角付けで、日々のご飯を三味線ひとつで稼いでいた。戦時中は、誰もみんな貧しくて、演奏をしても食えない。空腹でもうだめだと思ったときに、強制労働をさせられていた、朝鮮半島から連れてこられた人々が、たき火をして、歌って踊って、わずかな食事をしていたんだと。自分たちこそが、大変な思いをさせられていたのに、竹山さんを輪に呼んでくれて、握り飯を握らせてくれたんだと。それで、竹山さんは、それから演奏の度に、アリラン協奏曲として、津軽三味線でアレンジをして必ず演奏するようになったらしい。そのライブ演奏のレコードを私は持っているけども、これはすごい1曲だ。

しかも、そのときの経験と関係があったのかどうかは知らない。でも亡くなる直前まで、竹山さんにはライブの直前に、必ずおにぎりを食べる習慣があったはずだ。ともかくこの話は私にとって、強烈な印象を残している。それでイスパーニャという曲を作った。そしていつか、津軽三味線のアレンジで歌いたいと思っていた。歌詞は、別の場所から飛んできたけど。

ん?何の話だったっけ?「福岡、魔のバミューダ海域」の話だ。この魔のバミューダ海域、魔のトライアングルは、偶然生まれた一角だけども、この国の未来は、質問されたこととまったく関係のないことを目尻を下げながらすらすらと答えることができるので、日本の政治家としての資質を十分に備えていると思われる柔道着の女からじゃなく、この場所から始まるんじゃないかって思う。出会った今日から親友になろうといわんばかりのハイな国際交流で、実態は相手が一方的に英語をしゃべって、こっちがそれを辛抱強くリスニングしているだなんて関係は3日しか持たない。互いに相手のことをいぶかしげに見ながら、よくわからない言葉を一斉に話し、それでもとりあえずそばで一緒に生きてるという場所があれば、それが私たちの未来なんだぜい。
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2010年07月07日

原稿消失

PHOTO GALLERYが更新されました。

今回は、さっきうっかり原稿が消えてしまい、今は書き直す気がどうしても起きません。ウンベルト・エーコのサッカー論と、日の丸の赤への禁忌が反転した色としてのユニフォームの青と、朝日新聞とファシズムと、ボローニャ大学と友人のsaxphone player、最後にイタリア大使館から私に着た手紙を踏まえて「ワールドカップをめぐる言説」を考察しようとしたんだけど(あらすじがぐちゃぐちゃですが、ちゃんと筋は通っていたのです)。

ごめんなさい。以後、気をつけます。ちゃお。

次回の更新は、7/13(水)です。


P.S.ユニカイエさん、更新をありがとうございました。
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