2010年05月27日

おねだり君

今回の分は、自分が書いた文章が退屈だったので、削除しています。

来週は、神戸に出張等々のため、更新はありません。
次の更新は、6/9(水)です。

巻き戻って、
6/2(水)になりますが、福岡で、パンクロックをしているTARGEELINGの聡氏が、ソロ(アコースティック)のライブにて、
みねまいこのイスパーニャを、カバーなさるとのこと。
気になる方は、ぜひこちらへ。
http://www.geocities.jp/tagahillrecords/

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2010年05月19日

Those who wish to sing always find a song

こんにちは、みねまいこです。この1週間は、多忙のあまり何も新しいものを作り出しておらず、したがって、なにかをおおっぴらに述べたところで、誰の役にも立ちそうにもないし、でも、そんなぐだぐだつまんない、小さいことを、もごもご言ってる暇があったら、なにか今、ここでやる方がまし。ふん。

というわけで、何が何でも書くため、ネタ探しとして、夜のコンビニエンス・ストアに買い物かごを持って、思いきって女性週刊誌などを目についた雑誌を数冊、購入してきました(ページをめくる)。要約すると、民主党のネタと、男と女のゴシップと、エリカ様と、景気の話。求めているのは、どれもいまいち。すると....自分の母親を発見。

『通販生活』の、とあるページに、超ミニスカート姿の写真で、大阪万博でもちろんそう、太陽の塔を背景に、若い頃の母親がにっこり笑っている...!驚きのあまり「あ。この人わたしのお母さんだわ。」と、棒読みのような声を上げました。人間、見つけようと思えば、何でも見つかるし、会いたい人には会えるのだと、体験してみてわかりました。

ふぁいとお。
posted by minemai at 09:45| Comment(0) | 日記

2010年05月12日

Ivo Pogorelich

という男がいて、怪演ともいうべきピアノを弾くのだが、それはそれはいい男だった。そして危ない男が私は好きだ。今日言いたいことは、この2言だけだ。

開演前にアナウンスが流れて「本日、休憩はありません」とのこと。悲鳴に近い観客の声が一斉にあがる。結局ぶっ通しで3時間。途中で脱落者が次々に帰っていった。この人の演奏を嫌いな人は、大嫌いだと思う。でも、彼の音は、すばらしかったし、ショックだった。リストもショパンもラベルも、みんなみんな現代音楽に聴こえる。一音一音の響きを響かせたい様子。曲の起承転結、紆余曲折のような流れと展開は、彼の一音一音の響きの、深い底に沈んでしまった。曲の全体の構成は、目を凝らしてもよく見えない。なるほど「ふふふふふ。僕がぜんぶ、新しく編曲しておいてあげたからね(はーと)。」という、ノリなのかもしれない。

演奏が終わると、立ち上がり、グランドピアノをもくもくと片付け始めて、椅子をもとにもどして、観客の笑いを誘っていた。ああ、「アンコールはないよ」ってことね。こっちも、もういいよ、休憩なしで3時間はきつかった。

回転ドアをくぐると、立ち止まる。こんな演奏を聴いた後で、どうやって家路につけるのだろう。どうやって今まで通りの生活が、平和に送れるのだろう。ふらふらになりながら、まっすぐ家に帰れそうにない。酒だ、酒だ。というわけで、毎日新聞ビルの最上階のホテルのバーに行く(日本語がヘンなわけではなく、建築構造がヘンなの)。でも、あまり飲めずにお酒は残して(興奮状態のあまりウォッカを注文してしまったので、当然といえば当然)、生ハムメロンと、紅茶を追加でがぶがぶ飲んで、妙な組み合わせで胃がへんになり、やっぱりふらふらと外へ出て、川を見る。中洲の川だった。中洲のネオンは本物よりも、ゆらゆらと川に映っている方がきれいだと思った。

話を元に戻す。あんな演奏を聴いた後で、どうやって普通の生活が送れるというのだろう。

無理だね。

だから、早く早く一刻一秒を争って、ここを出なければなりません。どんどん先へ行かねばなりません。結局のところ自分の正直な気持を、捨てては生きられません。だから、そのように自分が思った通りに、何かをしなければなりません。自分の願望を認めなくてはなりません。自分の願望こそを、強く強く意識しなくてはなりません。


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2010年05月05日

やけくそフラメンコ

この連休は、スペインから来ているフラメンコ歌手とフラメンコギタリストに歌を習っていた。自分にとって何かプラスになるからと思ったのだが、結論を言えば、特に何も得るものはなかった(気がする)。結局のところ、私は何も教えたくも教わりたくもないのだ。こっちで勝手に、誰かの中に光るものを見つけて、勝手に真似をすることが好き。

しかし、ただひとつ、面白かったのは、フラメンコは基本的に舞踏のための歌なので、決めるところは決めないといけないのだが、他ははっきりいって、好き勝手。だから、先生も毎回毎回、フレージングが違う。それに合わせて、ギタリストがコードも合わせる。これじゃあ、どんな古い曲も完成していないのと同じ。3小節増えたり(なぜ奇数)、24小節増えたりもして、毎回違う。キープされるのは、一瞬一瞬のリズムだけ。

修練とは、「繰り返し」や「形」をともなって初めて成立する。ジプシーの音楽は、それが不可能なのだ、気分次第で曲は有形の物体のように伸び縮みして行くのだから。

みんな勝手だな。みんな完成しないで、通り過ぎてゆくんだな。ある日、風が吹いて、足下に砂埃が立って、人生を悟り、詩人か歌手か踊り子か酔っぱらいになる(人生の選択肢が4つくらいしかない)。13歳くらいで結婚して労働して、健康に気をつかう日本人よりは、はるかに早く死んでいく。何ひとつ完成させないんだ。そもそも面倒くさいんだ。美しいものを作るって、自分を作って死ぬってこと。フラメンコの楽曲は、そんな「やけくそさ」が目前に見えるようだった。

歌いながら、ああ。私は腹がたってしょうがない。学ぶとか、吸収するとか、プラスになるからとか、そんなのバカな野郎がやることだ。そして私は、大バカ野郎だ!やめた、やめた!そう思っているうちに、ゴールデンウィークの午後、歌っていたビルの外に夏が来た。暑い。マエストロ(先生)は、シャツのボタンをあけ過ぎで、こっちはぜんぜん興味がない胸毛だけだけでなくておヘソも見えそうだから、見せないで。

この野郎、この野郎。この怒りはどこから来るのだろう。怒りの理由は、自分が「非論理的」なことをほざいているときは、自分が突っ走っていて楽しいのだが、相手に「非論理的」なことをほざかれると、ムカつくのだ(フラメンコのリズムは数学みたいに、計算が複雑なので、超論理といえば超論理的なんだけど、超論理ってのは非論理みたいなものだ)。

12拍子やら、見たことのないような拍子やら、スペイン語と英語で、頭が異様な働き方をしてオーバーヒートし、みねまいこ、ぷっつんと切れてぶっ倒れる。ギタリストはブラジルのイエス像のように姿勢を崩さず、隣でダイエットコーラをがぶがぶ飲んでる。そんで、思ったね。くっそー。非論理とやけくそさを競うなら、あんたらジプシーには負けないのに。と思いながら4時間が経過。サッカー用語でいえば、「自分のフィールドでプレイする」ことが最後までゆるされずに、試合終了。

まったく知らない音楽と出会ったゴールデンウィークでした。あー、わたしはむちゃくちゃな音楽が好きだ。

この人たちの音楽は、馬がそばにいる気配がする。しかも1頭だけじゃない。数頭とか、たまに5頭の馬が、20本の足を元気に動かして走っていく。そんな音(リズム)がする。だから大好きだ。コノヤロー(最後まで、おこってる 笑)。

こめじるし。ジプシーよりも、ロマという呼び方が望ましいけども、彼らが自ら「ジプシーの音楽」と言っていたので、今日は大きな愛情と敬意をこめてこの呼称をつかいます。
posted by minemai at 00:00| Comment(0) | 日記
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