2010年02月10日

みーんなクソ

(今日は少し長い。)

世は朝青龍の話題で持ち切りだ。彼を「増長させ過ぎた」らしい(いじめっ子がいじめられっ子に「あいつ最近調子に乗ってるから」と言う難くせに似ている)。そして彼には「よく反省してほしい」らしい。

いつも思うのは、朝青龍への世論とは、外国人労働者へ日本の対応と同じだということ。結局、根本のところで日本は、どれほど人口が減っても、持ち前の几帳さとがんばりで、なにがなんでも外国人を中に入れないのではないだろうか?(たとえば東南アジアからの外国人看護師と介護福祉士の受け入れは進みつつあるけど※参照、とうてい受かりそうも無いような難しい国家資格試験が最後に待っているので、彼らは最終的に日本に残れない可能性の方が高い、など)

場所中の朝の4時まで飲んで酔っぱらって、ちゃんと相撲とって、優勝するんだから、すごいじゃん(笑)。暴行うんぬん犯罪は、犯罪を摘発するのは警察のシゴトで、それはそれだ。引退に際し彼の両親のコメントは「息子は名誉の引退をした」という内容のものだった。そうよ。彼はモンゴルの蒼き狼の子で、彼らの誇りは彼らのものだよ。

さて、日本国家の品格、女性の品格、◯◯の品格というように、この数年は品格がもてはやされて来た。で、同時にセットで語られる単語があって、それは「サムライ」「なでしこ」という物言いだ。品格とは、武士道のような精神性のことだろう。

ところで、武士道の精神性というのは、人を幸福にしないと私は思う。切腹にしろ、刀の装備にしろ身だしなみにしろ、早寝早起き(だったっけ?)にしろ、形式のことだ。もうすこしいえば、形式が先にあり、それに究極まで内面を従わせることではないだろうか。心の中ではもっと生きたいと思っても、名誉の死という美学に従わせたりもする。

もちろん、場合によっては、武士道は良い方向に働くことは多いにあるとは思う(そういう理想がないと、無為徒食に生きてしまうこともあるだろうから)。ただ、武士道が私はあまり好きではないのだ。だんぜん!無為徒食の方が好きかもしれない。

去年、沖縄に行ったとき、何かが楽だったのは、沖縄には武士道がかつて一度も存在したことが無かったからじゃないか?と今になって思う。感情がまず先にあって大切にされて、体面とか形式とかが後回しなら、ぜったいに生き易いはずだ。ひょっとする形式が先にあって、内面の方が後になるような生き方は、武士道が変異して、腐った形で日本軍に存在したような気がちょっとしている。わたしたちは普段気がつかないけど、感情を大事にしないで、形式を大事にすることを、よくやってるような気もする。

武士道や品格を語る人を信用できないのには、もうひとつ理由がある。サッカーで「サムライブルー」とか「なでしこジャパン」とか、他の競技でも「サムライ魂」とか、そんな言い方をする。でもよく考えたら、サムライっていうのは、階級のことだ。農民ブルーとか、商人ブルーとかがあってもいいはずだ。近代スポーツは本来平等のはず。力だけで競うはず。身分は関係ないはず。メンタリティにおいても、身分制は好きじゃない(セレブというのも身分制度のことだ)。「サムライ◯◯」って言う人は、自分で気がついてないけど、本当はそれをスポーツだと思っていないんじゃないかな。

相撲はスポーツではないらしい。日本独自の伝統のものらしい。だったら、最初から、外国人を入れるべきではないと思う。歌舞伎のように、徹底的に、外国人も女性も入れず、日本男児。日本男児。日本男児だけで楽しくやればいい(ひょっとしたら、歌舞伎の反動が宝塚なのかもしれない。今後、性転換した元男性が宝塚で活躍したり、性転換した元女性が歌舞伎で活躍するようになると、本当はきっともっと自由で楽しいのにと思う)。

日本が嫌いとか、そんなことが言いたいわけじゃないの。私は、品格や武士道を信じていないだけ。人間ののびやかで、かわいくて、やわらかい、ばかばかしい、投げやりな元気な気持を、窒息させるものに見えるから。戦争に負けたとき、品格も武士道も一緒に、完全に葬り去ってしまうべきだったと思っているだけ。ところが、そういった日本人にとっての、そういう統一的な理想は、エイリアンみたいに、しつこいんだ。

誰のことだとは言わないが、どんなすぐれた日本の思想家も、なぜか最後は武士道に行き着く。また繰り返される時代劇は歴史の物語を描きたいのではない、武士道が純粋に武士道だった頃のはなしをあらためて自己のなかに確認して、蘇らせたいのだ。日本人という果実の全部、皮を剥いていったら、最後の拠りどころとなるのは武士道だけなのかもしれない。

女は、なんの映画か意図的に忘れたが、武士の妻が陵辱されて泣いちゃって、夫が妻の敵をうつとか、武士の成長を見守る毋か女か、あぜ道のような存在だ。そんな武士道に反感を持ったり巻き込まれないようにして生きる日本の女性たちは、成熟をやめた女の子の物語を描くか、自らの物語を書こうとして日本社会との軋轢にもがくか、海外に出る道を選択するのだと思う。でも、そういうのも、まいこしんどい(実は典型的なまでに、私はそういうことをやってる気もするけどね、ふふふふふ)。もしくは、武士道を内面化して頑張りやになって生きるか。それも面倒だ。

なんにせよ、全部クソ。武士道にせよ、剣道にせよ、柔道にせよ、相撲道にせよ、華道にせよ、茶道にせよ、ぜーんぶ道がついてる。そんなのクソだと思うわ。ついでにヨーロッパの騎士道も基本的にはクソだと思うわ。すでに人の歩いた道を行き、その道を守ることがそんなに好きなのけ?

そこで、◯◯道と対抗できる概念を考えてみた。

ジャングルの野獣…かな。そうだわ。わたし、ジャングルのけだものか、ケモノか、サルになるわ。
posted by minemai at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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