2017年11月30日

思い出した頃に「ポスト・キャピタル(デモ・付加版)」みねまいこ+サクラダ

皆さま、こんにちは。
しばらくぶりに、このポスト・キャピタルという曲を、京都のサクラダさんが、編曲し直し、コーラスも入れて曲を作り替えてくれました!やったね!



じつは今回、私の貢献度はあまりありません。 やっぱり京都のサクラダさんは、素晴らしい。

次回の更新は、1月31日(日)です。
私は、クリスマスと正月は何かをあおられる感じが嫌なので、12月の更新は飛ばします。
posted by minemai at 21:24| 日記

2017年11月03日

イータリーはノット・イタリー

この間のこと。海外生活の長い友人から、なつかしいイータリーというイタリア食材兼レストランの支店が東京駅にできた!と教えられ、世界中のどこのイータリー行ったこともないけど、仕事の帰りに一人で行ってみることにした。

夜は8時を過ぎて、東京駅の地下だというのになんという活気。レストランは一面、すべて満席。ワインを片手に、イタリアの高級でオーガニックな食材でこしらえた、こじゃれたイタリアらしい元気の良い色味であふれた料理を囲んで、だれもが幸せそう。なんというか、だれもが今、幸福感を感じていることの幸福感にひたっているみたいな感じ。

満席だったので帰るとしよう。が、空腹で目眩がする。お。食材コーナーのレジの周りに、イートインスペースがあるではないか。基本的には椅子はなく、立ち食いのためのテーブルが、たくさんあった。そこでサンドウィッチの作りたてを買って食べることができる、というわけ。それを試してみるとしよう。立ち食いは駅の蕎麦屋以外は、したことないけど、九州の田舎で昔みた、角打ちという酒屋で立ったまま塩っぱい小さいつまみでお酒をのむ風習を知っているし、立って食べた経験値は低いが、たぶんやればできるだろう。

炭酸水の1リットルの大ビンを買って、ひとつのテーブルの上に置き、そのテーブルを自分のために確保した。椅子はもちろんなし。そのあとで、サンドイッチを目の前で作ってもらうのを待つ。たかがサンドウィッチで、高いな。でも、イタリア的な明るい人生を味わえれば、安いもの。さささ。サンドイッチを受け取って、確保してあったイートインのテーブルを振り返ると、さささ、サラリーマンが。

白ワインの入ったグラスワイン一杯をそばにおいて、お皿には、冷たそうなひらべったい、色が薄くなってるトマトソースのピザが一切れ。ナイフとフォークで小さくして、食べようとしている。このやろう。私の炭酸水、この人に取られちゃかなわない。で、こっちもお腹が減ってるし、なんかムカつくしで、炭酸水を右手でぐわしっと取って、きっとにらみつけた。

するとサラリーマンは、「すみません」と言ってナイフとフォークを置こうとしながら動揺している。彼の首には、会社の社員証が、緑色のひもにぶらがっていて、そのひもが、まだ仕事の途中で、夕ご飯を食べに地下のイータリーに来て、そのピザとグラスワイン一杯飲んだら、オフィスに帰ることを物語っていた。

私ときたら、条件反射的に、無視してしまった。そして、どうしてこんなに、イライラしたんだろう。まいちゃんったらどうしちゃったの。後悔と同時に、自分の恐ろしい態度、「無視」に、驚いて、で、その後、後悔するのだった。

きっと外国語だったら、にっこり笑って、「大丈夫ですよ」みたいな、普通の対応をしたのかなって思う。でも、キっとにらんで、無視してしまったのは、こんな時間まで仕事して、まだ職場に戻るっぽくて、なおかつ、立ってうすっぺらいピザを食べてて、他人の炭酸水がぼんっとテーブルの上にあることさえも気付かない程、疲れきっている日本人の姿に、言いようもない悲しさと、自分の姿を見て、なおかつ、それを認めたくなかったからだ。

で、結局、サンドウィッチと炭酸水を持って、店を出て、家で食べることにした。サラリーマンに、悪かったな、と思いながら、電車に乗って、今夜のことを整理する。

やはり、立ったままナイフとフォークを使って食べることは、やってはいけないのではないか。夕ご飯に、ピザ一枚は良くないのではないか。そして、立って食べさせても、客は喜ぶと思っている店は、いくらコじゃれてたとしても、客をなめてるんじゃないか。立ったままでも貧相ではないのは、飲み物のレベルまでなのではないか。その後、そんなふうにいろいろ考えて、出た結論は、余裕のなさと、闘わなきゃならんってこと。なぜなら、余裕がないと、何も考えられなくなって、日々を消費するだけになってしまう。

この店はきっと、イタリアの食材だけでなく、イタリア的な余裕とか、明るさとか、天真爛漫さとか、食への飽くなき情熱とか、ローマ帝国とルネッサンスとの遺産と貯金だけで21世紀まで生きてきたノー天気さとか(失敬)、そんなイメージも売る場所なのではないか。イタリアを演出しても、東京駅の地下という空間は、余裕のなさによって浸食されてた気がして、イータリーはやっぱ日本だわ、って思ったのだった。ちゃんちゃん。

次回の更新は11/30(木)です。
posted by minemai at 19:33| 日記

2017年09月30日

キャパの手は、そのとき震えていた。

さる2017年9月15日(金)の日本文藝家のトークサロン「忖度はなぜ英語に訳せないか」というイベントに、起こしくださった皆様、これを読んでいるとは限りませんが、ご来場ありがとうございました。そのレポートを少し。ただし、写真を撮影して下さった方が、信じがたい程に「え…?」という腕前でして、ぜーんぶピンぼけ。ロバート・キャパも真っ青なのでございます。あはははは。ほとんどが、このレベル。
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かろうじて人の顔が認識できそうな写真が、これと(打ち合わせ中)
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これぐらいか。(開始前の準備中)
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どうして、こんな写真ばかりなの。

開始前、ちょっと主催の日本文藝家協会の内部の方々がざわついていたのが、作家の加賀乙彦氏が、見に来てくださり、最前列におすわりになっていたこと。私としては、実家の書棚に何冊か、普通に置いてあって、読んだことがあった作家なもんだから、すっかり面食らってしまった。終了後に名刺交換とかしてもらおうかと思ったが、大作家を前に私ごときが身の程知らずだなと思い、緊張しまくって、結局交換できなかった。妙なところで、野心にも似た、焦るばかりの欲のようなものが、ここぞというときに、まるで憑き物が落ちたようにしぼんでしまう自分が憎い。

さささ。
次に、みねまいこが出演するイベントは、こちらです。ぜひ、お越し下さい!
http://www.cgu.ac.jp/tabid/1914/Default.aspx#liberal_arts
(注!私のライヴではなく、遊びにきてくれた皆さんと一緒に歌う感じです)

次回の更新は、10月31日です。
posted by minemai at 22:47| 日記

2017年08月31日

ある弱さについて

スウェーデンの作家スティーグ・ラーソンによる『ミレニアム』シリーズ(3巻までは本人による作品)を読んで、大きな衝撃を受けた。こんな傑作をどうして、今まで知らなかったのだろう。これを読んだ後、女性をとりまく問題の多くが、絡まった糸がするするとほどけるように、これ以上ないクリアな解を得るのだった。保育園落ちた日本死ねも(母親と赤ちゃんたちには、飢えずに生きる権利がある)、事件化されることは絶対にないごく微細な身近なニュース、しかしよく考えてみると極めて不愉快な構図も、根底には『ミレニアム』で描かれたテーマと同じものが薄気味悪く横たわっているように思えた。

関東で仕事を始めて以来、あまり選択の余地なく電車が自分の足となった。ある朝、いつものラッシュの時間帯に、普段とは違う車両に乗った。すると、私の髪が後ろの中年男性の顔に触れたか何かで、その男性が「ふさけんな」と言って怒っていた。私は怖くなって、すぐに謝ったが、私の顔に浮かんだ反射的な恐怖の色を見逃さなかったのだろう。攻撃は、弱い者に向かう。その男は、弱さを見せた私をさらに罵倒し、謝罪が足りないという主旨の言葉で、ののしるのだった。その一瞬、私の何かに火がついた。地声で最大限に大きな声で、私はその男に怒鳴り返した。これは、かなり勇気が要ることだった。が、今ここで沈黙したら、沈黙することに馴れてしまう。それだけは、絶対に嫌だった。

女に抵抗されるとは、思ってもみなかったのだろう。困惑すると、その男は、思い切り私の下腹を殴りだした。そのパンチはかなりきいた。が、さらにデシベルを上げて、声で抵抗する以外にできない。殴り返せない。私が弱いからか。もしくは、頭にきても手を出したら終わり、と、昔、小学校で習った言葉が頭をよぎったからか。もしくは、右の頬を撃たれたら左も出せという、ミッション系の幼稚園の教えが頭をよぎったからか。おのれ、初等教育の恐ろしさよ。この後に及んでも優等生ぶった私は、暴力という手段を選べないまま、その握りこぶしは、ぶらさがっているだけの役立たずだ。やはり、攻撃しかえすべきか。ゆっくりスローモーションで、同じ車両のあらゆる人々がこちらを向くのが見える。面白いのは、周囲の誰も助けてくれないこと。

殴り返すかどうか逡巡しながら、結局「次の駅で鉄道警察呼ぶからな、このやろー」とだけ叫び、その後は情けなくしゃがみ込む私。次の駅にやっと到着すると、その中年男性は電車を飛び出して、走って逃げて行った。となると、次に私の怒りは、行き場を失い。「いてー、くそー」と誰に向けてでもない言葉を床にむかって吐き捨てながら、せめて体を休めるために壁際に移ろうとする。すると、これだけのラッシュなのに、なぜか人が綺麗に割れて、満員電車の中心に、私のための道ができるのだ。少しモーセになったような気分で私はよたよた歩き、車両の隅までくると、サラリーマンが見て見ぬ振りをしたことの贖罪の気持なのか、座席を譲ってくれた。

そんなことがあってから、いろいろ考えていた。まず、私は強くならなければならない。体力をつけるために、シンクロナイズド・スイミングと護身術を始めた。前者は、過酷なスポーツだ。常に「息苦しさ」との闘いである。それはまた、生きる上での「女たちの息苦しさ」という意味で、象徴的な意味をもっているともいえる。近年は男性の競技人口が増えつつあるけども。後者は、文字どおり、自分の身を少しの腕力でも守れるように、効率の良い防御的な攻撃を学ぶために始めた次第。つぎに、若い人が自由に生きる手伝いをしなければならない。自分がこれまで、誰かにされて嫌だったことから、彼らを守らなければならない。自由というのは、学問や研究の自由でもあり、言論の自由でもあり、表現の自由でもある。

そうなれば、自由のテーマソングが必要だわよね。

2017年9月15日(金)、東京麹町の文藝春秋ビル(新館)で行われる、イベントの告知です。お席はまだあると思いますが、お早めにご予約ください。
日本文藝家協会トークイベント
お待ちしています!
posted by minemai at 17:35| 日記

2017年07月31日

秋のお知らせ

みなさん、こんにちは! 最近、アニサキスにあたってしまい、まだふらふらしていますので、とにかく、今日はいくつか出演するイベントのお知らせだけさせてください。

東京(麹町)
9月15日(金)夕方18:30より、日本文藝家協会のイベントに出演します。
お席はまだあると思いますが、お早めにご予約ください。

千葉(我孫子市)
10月29日(日)14:00より、箱根駅伝でも有名な中央学院大学の学園祭の参加型の授業イベントに出演します。こちらは予約は必要ありません。高校生向けとは書いてありますが、どなたでも大歓迎です。私が歌うのではなく、基本的に参加者の方々が歌う!というコンセプトです。

ちょっとトリビア
9月の日本文藝家協会のイベントは、過去の別の回にお客として遊びに行った際、白ワインが意外にも美味しかったので、選んでみて下さい。

10月の中央学院大学の授業イベントは、最寄り駅の我孫子駅の弥生軒という駅のホームにある立ち食いそばの店(画家の山下清がバイトをしていたという)が、ワイルドで美味でおすすめです。頼んだらわかるから。

という感じで、人前に出る仕事を徐々に増やしながら、何が何でも音楽の仕事の勘を取り戻すのよ、というのが今の私のスタンスでしょうか。以上です。アニサキスには気をつけてね!

次回更新は、8月31日です。
posted by minemai at 22:46| 日記

2017年06月30日

Hanoi→Tokyo

2012 年 9 月よりベトナムのハノイにある大学の講師として勤務した。毎朝トヨタの車がお迎えに参りますという話だったが、話が違う! スタッフが毎朝バイクで迎えに来てくれる。昼間は暑いので早く帰るために、みんな早朝 7 時頃より仕事を始める。朝靄と大渋滞の排気ガスのたちこめる旧市街、ホアンキエム湖の柳が揺れている。そのそばを駆け抜け、バイクでひたすら街を疾走する。大学に着くと、路面店のフォーで同僚たちと朝食をすませ、それから仕事。

家から割と近かったハノイの中心街のキリスト教会。
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今、日本に戻ってしばらく時間が経ってから振り返ってみると、全部夢だったような気がしている。あの町のバイクの速度と同じ疾走感は、経済発展のスピードと同じで、進めば進むほど、豊かになれるという未来への確信に満ちていた。若さいっぱい。シャンプーのコマーシャルのような美女たちが、長い髪をなびかせて、暴走していた。

私は、ベトナムの持つアジアと西洋の混ざり合うアンニュイな雰囲気、おそらくそのイメージは、作家マルグリット・デュラスと、ベトナムを描いたフランス映画によって形成されたのだが、そこにそこはかとない憧れを抱いていた。だから到着した日、湿度の高いアジアの喧噪、カオスな町並みに建つ西洋建築のような、しかし近代的では決してない5階建ての家の3階にある天上が高い窓の大きい部屋を与えられたとき、私の年期の入った憧れと現実世界がハイタッチをした。ベッドに寝っころがってみると、大きなファンがゆっくりと天井で回転していた。基本的に家の中も外履き。だから、ハイヒールで部屋の中を歩き回って、スイッチ等を確認した。

フォーの朝ご飯、バインミーの昼食、ブンの夕食、チェーの間食、ベトナムコーヒーと蓮茶を、はしごする日々。夜はホアンキエム湖の周りを、おデブな事務方の男性スタッフがダイエットしたいというので、一緒にジョギング。仕事にも馴れて、町にも馴れて、知り合いもたくさんできた。だが、ここは根本的に何かが足りない。そう、食文化と食器や漆器などの食文化にまつわるもの以外、何もないのだ。文化がない。英語で書かれた本を買おうにも、検閲で禁書になっているとか。普通の小説や普通のガイドブックを、闇のルートをたよって危険をおかしてまで手に入れる始末。夕方の皆のお腹がすいて心細い時間帯になると、何と言っているかわからないが、政府の宣伝カーが拡声器で、たぶん思想指導をしてまわる。誰に聞いても、あれが何と言っているのか、訳したがらない。そうなのだ、ここは、言葉一つで人の運命が大きく変わってしまう場所だった。誰もが口をつぐむのは、自分の身を守るために大事なことは言わないでおく、という意味だった。

アオザイは式典などの行事の時だけ着用。
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同年、10 月、ホーチミンの女子大生が反体制のビラを巻いたという事件が起こる。ビラをまいただけでも懲役10 年以上が相場のこの国で、彼女の支援活動があれば参加したいと思ったことが事の発端だった。金曜の夕方、帰宅前に大学で彼女の名前を検索し、翌週月曜の朝出勤して再びパソコンを開くと私のパソコンだけネットがつながらない。警察による警告マークが画面に出てくる。検閲というものは、自分で体験してみないと恐怖はわからない。ネットがアウト。だからメールもアウト。「1企業1スパイ」という政府の方針も噂にはきいていたが、やっとリアリティを持って理解できるようになる。また、ビザ等の手続きに関して、役人から賄賂を再三求められる。まっとうな民主主義の価値、まっとうな行政の価値、何よりも人権を、今や最後の砦のように信じ、そこに必死にすがっている自分に気づくのだった。

だからこの前、狂暴在(漢字は自分で変換し直してくださいね)が通過した際に、日本のセンスがだんだん後進国になっていくように思えたし、究極的には、こう言っては失礼かもしれないが、政府が人々の活動と言論を制限するベトナムになりたいのか?と思わずにいられなかった。

だが、ハノイにはちょっとだけ希望もあった。女性オーナーがやっている店だ。タンマイ(Tanmy)という店で、旧市街の絹を扱う通りにある。そのセンス、商売手腕、その手腕によって様々な作家を支援する懐の深さ、(最後にもう一度)そのセンスの良さで、私が知る中では、他に見たことがない店を経営している。お土産と衣類屋さんとカフェという名目だが、実際には「自由の雰囲気」そのものを売っていた。日曜日の午後は、中2階で、年配の女性がピアノ演奏をする。ショパンを弾いているが、下手でよく間違える。間違えると8小節くらい戻って、そこから再スタートする。客たちは、1階から3階まで、ゆっくりめぐり品物を眺めながら、下手なピアニストの応援する。そこのオーナーと何度も話した。別にたわいもない話。この絵が綺麗だとか、この麻は綺麗だとか。

Tanmy(入り口近くか?)
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Tanmyのフロアの一部分(写真で見るとたいしたことないんだけど)
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Tanmyの外観(夜のハンガイ通り)
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日本に帰ってきて、さらにずっと暮らした福岡から東京に移って仕事を始めたら、以前感じていたよりも町のスピードがえらく遅かったが、少子高齢化などの山積みになった問題ゆえに斜陽だとしても、いい意味のサビレ方、年の取り方、成熟の仕方を選択すれば何とかなるんじゃないのか?と思ってる。

東京では、私はコム・デ・ギャルソンに行く。ハノイでは、私にはタンマイが必要だった。東京では、私にはコム・デ・ギャルソンが必要だ。たとえ買わずとも見ているだけでも。その共通項は、自由と自主独立と美なんだと思う。そういえば、ベトナムに引っ越す前、私が音楽をやるきっかけを与えてくれたプロデューサーの高橋信之さんが送別会をしてくれた。そのとき「ベトナムにはコム・デ・ギャルソンはないぞ。みねまい大丈夫か?」と言っていた。彼の言葉は予言のように、その通りになった。みねまい、大丈夫じゃなかった。

次回の更新は7月31日です。
posted by minemai at 11:08| 日記

2017年05月31日

Let's go home!

久しぶり! 元気でしたか?この3、4年、自家撞着的な表現だけども、しぶとく生き残るためにしぶとく生きてきた。そのための準備が全て完璧に整ったある3月のある日、鍵をもらい、拍子抜けするほど軽いドアを明ける。勢いがついたまま、その軽い扉は半回転して壁にがっつーんとぶつかる。ふらふらと、新しい仕事部屋に入ると、大きな窓の外に成層圏までがはっきり見えるような空が遠く高く広がっていた。鳥も心なしか、直線的に上に向かって飛んでいったように見える。このドアを開けるためだけに、全精力をつぎ込んで心底疲れていたけども、泣き言は言わない。その日は3月の終わりの日で、全てが完璧だった。

長かった!

ある日、ニュースを見てた。オバマがビル・クリントンと参列したイスラエルの元首相の葬儀の帰り、政府専用機に乗り込んでいる。タラップの上からオバマが「ほら、ビル!うちに帰ろうぜ!」と、呼びかけた。お腹の脂肪をゆらし重力に抵抗しながら、最大限に早足で駆けのぼるクリントン。細い腰まわりがセクシーなオバマが、斜めに体をずらして、クリントンを先に機内にいれる。後から続いてオバマがすっと専用機に消えた。「うちに帰ろうぜ!」オバマが言うと、どうしてか、そんなありきたりの"home"という言葉は、懐かしく暖かみのあるものに変わるのだった。

いまではすっかりなつかしくなったオバマの「職権ご乱用」の映像。このホワイトハウスの音楽のシリーズでは、お気に入りのミュージシャンに囲まれて、しまいには自分が熱唱。音楽という自由がある限り、世界中どんな場所でも生きていけると思うのは、私の楽観論だろうか。オバマの”home”は、こんな音楽が聴こえてくる、アメリカだったのだろう。





オバマとは、同じ時代に生きているという以外共通点のない、私の話。海外の過酷な環境で酷使して、ぶっこわれたMacは、帰国したときには、うんともすんとも言わず、そのうち時間は過ぎていきMacもソフトもドライバーもアップデートされてすべての楽器と接続できなくなって、おしゃれなアルミのゴミと化していた。音楽に戻ろうにも、浦島太郎のように途方にくれて(本人に会ったことはないけど、おそらく)、どこから手をつけていいのかさっぱりわからなかった。さて、どうやって”home”に帰ればいいのか。オバマみたいに政府専用ジェットはないのよ。先週のこと。京都のサクラダさんから宅急便が届く。開けると、ぶっこわれたMacと同じ時代の同じ型のマシンが入っていた。

きゃっほー!

こうして今年はnotebookを月末に更新しながら、2018年4月までの全12回限定で、文章を書いて更新します。更新日は、毎月最終日です。次回の更新は、6月30日です。
posted by minemai at 07:55| 日記

2017年04月09日

イースター記念日(ブログ再開のお知らせ)

当ブログを再開します。これからは毎月、最終日に更新します。
初回更新は、2017年5月31日です。
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posted by minemai at 00:00| 日記

2010年11月04日

Ultimatum(最後の言葉)!!!

みねまいこです。

2010年11月3日をもちましてブログをやめて、これからは、ライブ活動や、もっとたくさんのジャンルに挑戦して行きたいと思っています。これからも応援をよろしくお願いします。

2010年11月3日

おまけetc



1)2010年3月28日沖縄国際アジア音楽祭(6分30秒頃に出るよ)
2)2010年12月19日(日)東京渋谷でのライブお知らせ
3)2010年12月10日 みねまいの曲がカバーされたアイドルのアルバムの発売のお知らせ
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2010年09月01日

お知らせ

事情により2ヶ月間、連載を休みます。次回の更新は、11月3日(水)です。
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